2006年04月03日

◆ローゼンタールの子供達

ボリショイ劇場が,現代作家に脚本を,現代の音楽家に作曲を依頼した初めての作品として昨年話題を呼んだオペラ「ローゼンタールの子供達」を,先月モスクワで見た。脚本は,長編小説『ロマン』や『空色の脂肪』など話題作を次々に発表してきたウラジーミル・ソローキンである。

ソローキンは,ソ連時代の政治家の言説を批判的に引用した刺激的な作品を執筆してきたこともあり,現代ロシアの急進的な政治団体によって今までに何度も焚書事件や裁判に巻きこまれてきた。ロシアの攻撃的な若者達の政治団体「ナーシ(われらの人々)」がボリショイ劇場前広場で反対集会を行ったのは,日頃のかれらの極端な行動を見ていれば驚くにはあたらないが,「ローゼンタール」初演直前には,上演を阻止しようとする保守派議員の提案を受けて国会でまで上演の可否が論じられるなど,様々なスキャンダルをひきおこしてきた。

結論からいえば,1910年にベルリンで生まれ,その後生物学の教授としてクローンの実験を進めていたローゼンタールというマッド・サイエンティストが,ナチスの迫害を受けて30年代末にソ連に亡命し,40年に初めてクローン人間を作りだすというストーリーや,第一幕で「引用」されるスターリン,フルシチョフ,ブレジネフ,アンドロポフ,ゴルバチョフ,エリツィンのいかにもそれらしい言葉が笑いを誘う。

しかし,クローンとして復活したヴェルディ,モーツァルト,ワーグナー,チャイコフスキー,ムソルグスキーが1993年のロシアの鉄道駅で辻音楽家として小銭を稼ぎ,娼婦と愛のアリアを歌う第二幕は,ことさらにメロディアスで浪漫的だった。ソローキンの小説世界を知らずにたまたま劇場を訪れ,第一幕で度肝を抜かれた観客は,終演後のホールで「でも,第二幕は美しくて良かったですね」と気をとりなおしていたが,結局は,ボリショイという保守的な場でオペラを上演するための妥協的作品となってしまったように思える。歴代の政治家の場面も,エリツィンどまりでプーチンの独特の演説の「引用」がなかったのも物足りない(ボリショイで作品を上演するためにはしかたないとはいえ)。

もちろん,ソローキンは小説でも, 18世紀ロシア文学風の繊細優美な風景描写をわざととりいれることもあり,まったく違ったタイプのテキストを並置することで,すべてを滑稽,相対的ものに化してしまう手法を使ってきた。第二幕の甘美なアリアも,そうした創作上の手法に基づいていることはまちがいない。だがやはり,小説とオペラでは効果が大きく異なり,ソローキンの本領発揮とまではいかなかったのが残念である。

とはいってもこのオペラは,祖先の復活を夢見た哲学者ニコライ・フョードロフなどをはじめとするソ連,ロシアにおける不死の思想や,政治と科学者の関係,ソ連における芸術家の立場など,様々なユニークな問題をとりあげている。現代ロシアにおける文化をめぐる状況,表現の自由を考える上でも,観客の反応とあわせてオペラを見に行くのも面白いだろう。

2005年12月11日

◆ダニイル・ハルムスの森

NHKロシア語講座応用編で,今月はダニイル・ハルムスの作品を読んでいる。

ハルムスは1905年生まれの作家,詩人で,本名はダニイル・ユヴァチョフ。1928年に,仲間の詩人アレクサンドル・ヴヴェジェンスキーや,ニコライ・ザボロツキーらとともに,前衛文学グループ〈オベリウ〉を結成し,文学,美術,演劇などの分野で新しい芸術運動の展開をめざした。だが,1930年代に文化,文学の統制が強まっていくと,奇妙で不思議なハルムスの作品世界は強い批判を受けることになる。何度か逮捕された後,1941年の逮捕が最後となって,翌年,ノヴォシビルスクの収容所内の病院で亡くなった。ハルムスの作品は,ソ連時代も地下出版で読みつがれ,その実験的な作風は,60年代のソ連の非公式作家にも大きな影響を与えている。

今月最後にラジオで読むのが,ハルムスの晩年の詩「男は家を出ていった」である。この詩では,ひたむきに前に歩き続けた男が,ある日森の中へ消えてしまう。突然の逮捕の末に「消えてしまった」ハルムス自身の末路を予言しているかのような詩である。ハルムスが収容所内の病院で亡くなったのは,この詩を書いたたった5年後のことだった。

ロシアの童話,絵本の中では,森は,不思議なことが起こる非日常の場所,魔法の空間だった。森にはレーシーという森の精が住み,バーバ・ヤガーという魔女の小屋があるとされていた。そしてまた,森はハルムスにとっても特別な場所だった。ハルムスの中編小説『老婆』は,ドストエフスキーの『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフにも似た主人公の男が,都会の自分の部屋で様々な不条理な体験に苦しんだ後,突然列車に飛び乗って,おもむろに暗い森に入っていく物語である。

ハルムスは1930,40年代のロシア文壇に颯爽と現れた魔法使いのような作家だった。当時の社会,政治は,写実的な文学,現実的な文学を求めていたが,ハルムスは日常のすぐそばにある不思議な世界の追求をやめなかった。それに,言葉遊びを多用したハルムスの作品は,どこか呪文のような位魅力を感じさせないだろうか。ハルムスの魔法,ハルムスの作品は,今もロシア文学の深い森の中で生き続けている。

男は家を出ていった

  男は家を出ていった
  棍棒片手に 袋をもって
  遠い旅路へ
  遠い旅路へ
  歩いて出かけていった

  ずっとまっすぐ進んでいった
  ずっと前を向いていた
  眠らず 飲まず
  飲まず 眠らず
  眠らず 飲まず 食べもしないで

  そしてある日 明け方に
  暗い森へ入っていった
  その時以来
  その時以来
  以来 姿を消してしまった

  でももしあなたが
  男をたまたまみかけたら
  そのときはすぐに
  そのときはすぐに
  すぐに わたしたちに教えてほしい

2005年11月30日

◆ペテルブルグの文豪

ロシアの北の都ペテルブルクは,ピョートル大帝によって沼地の上に作られて以来,プーシキンの『青銅の騎士』やゴーゴリの〈ペテルブルク物〉,ドストエフスキー,ベールイなどの一連の作品の舞台になってきた。どの街角,どの運河にも,いくつもの文学作品の陰影が絡みつく。この水の町全体が,何重にも折り重なった本の頁の上に浮んでいるようにも思える。

南アフリカ共和国ケープタウン生まれの作家で,2003年にノーベル文学賞を受賞したJ・M・クッツェーの『ペテルブルグの文豪』(本橋たまき訳,平凡社,1997年)は,義子パーヴェルの死の知らせを受けて,ドレスデンからペテルブルクへ単身戻ってきたドストエフスキーについての架空の物語である。作品のいたるところに,ドストエフスキー自身の作品や,ペテルブルクを舞台とした他の作家達の作品を思い出させる描写がある。ペテルブルグの伝説や神話,そしてこの町を描いた多くの文学作品と,水の上で揺られるように親しく触れあい,長い間戯れ続けたら,こんな作品が生まれるのだろうか。『ペテルブルグの文豪』を読んでいると,数々の作品が織りなす薄明るい文学の空間の中をさまよっている気がしてくる。

この他,中島京子の小説『イトウの恋』(講談社,2005年),礫川全次『サンカと三角寛 消えた漂白民をめぐる謎』(平凡社新書,2005年),江戸川乱歩賞を過去に受賞したいくつかの作品を読む。

2005年11月17日

◆『宮廷の道化師たち』他

チェコ出身のユダヤ系作家アヴィグドル・ダガンの『宮廷の道化師たち』(千野栄一・姫野悦子訳,集英社,2001年)は,強制収容所の最高司令官の道化師として生き延びた4人の男たちの運命を描いた作品。やがて3人の男たちがイェルサレムに流れ着き,人間は神のために作られた道化師にすぎないのかと自問する。目前で殺された妻の遺体を前にカラーボールを投げ続ける男,イェルサレムの路上で談話する男たち…… 読後,長くないこの小説の中の様々な場面が,鮮やかな映像として瞼の裏に甦るような映画的な作品だ。

横村出『チェチェンの呪縛』(岩波書店,2005年)は,チェチェンを長い間取材してきた朝日新聞記者の著書で,2004年のベスランの小学校でのテロ事件までを扱っている。抑制された文章の中にも,現場に立ち会い続けた者の重み,政治に対する客観的な意識が感じられる。チェチェン問題の一因となった歴史的背景への目配りもあり,バルト3国とロシアの微妙な関係やロシアのジャーナリズムに関心を持つ読者にも有益である。

2005年11月13日

◆ホーリンのバラック

モスクワから帰ってきて1週間。ロシアの写真の整理を始めた。下の写真は11月4日の祭日の夜に,モスクワの友人の家にお客に行った時のデザートで,友人自身がロシア北部の森で集めたベリーとハチミツだ。彼は詩人で,フセヴォロト・ネクラーソフの詩や,モスクワ・コンセプチュアリズムの絵画,文学を愛している。この日集まった人達は皆,詩人イーゴリ・ホーリンのファンで,最近出たホーリンの詩集の話で持ちきりだった。

ホーリンといえば,モスクワの貧しい共同住宅,アパートの人間模様を描いたバラックの詩が有名だ。以前,モスクワの中心部から少し外れたアパートで暮らしたことがあった。隣人の騒音など色々な問題があって,じきに引っ越してしまったが,ちょうど渦中の時にホーリンのバラックの詩に出会い,今のこの生活にぴったりだと思って読みふけった。

でもロシアに行ったことがない人でも,ホーリンの詩を読めば,これは自分の生活を描いたものだと感じる瞬間があると思う。滑稽で時に醜悪な日常を,ユーモアをこめて描き,時には叙情性で包みこむホーリンの詩には,こんな生活でも捨てたものじゃないと思わせるほのかなあたたかさがある。雪の夜に,何の変哲もないアパートに灯るいくつものあかりを眺めるようなあたたかさだ。

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2005年07月24日

◆牡丹灯籠

先日,三遊亭圓朝(1839-1900)の落語の速記本である『怪談牡丹灯籠』(岩波文庫)を読んだ。幽霊になった若い娘お露が,お付きの女お米を連れて,牡丹灯籠を持って下駄の音を響かせながらの恋人のもとを訪れるという有名なくだりは,噺のごく一部であり,その女の父親と忠臣のエピソード,忠臣が幼い頃に生き別れた母親と再会する場面など,色々な話が見事に絡み合って一つの噺を作りあげている。

『牡丹灯籠』は,1976年以来,アルカージー・ストルガツキーらのロシア語訳で,ロシアでも何度も出版され,最近ではノヴォシビルスクのスタールィ・ドーム劇場が『牡丹灯籠』を上演している。ロシア語タイトルは,《Пионовый фонарь》。圓朝の噺は,ロシア語ではどのように響くのだろうか。

2005年06月24日

◆ロシアの子供の歌

この1,2週間,ロシアの子供の歌を探していた。『森は生きている』の作者サムイル・マルシャーク,リズミカルでユーモア溢れる児童詩の作者コルネイ・チュコフスキー,子供の日常の1コマを愉快な短篇に織り上げるニコライ・ノーソフ,不条理文学の他に子供向け雑誌のために詩や短篇を書いていたダニイル・ハルムス,リアノゾヴォ・グループの詩人ゲンリフ・サプギール…… どの詩人にも,彼らの詩に音楽をつけたそれは素敵な歌があった。昔からロシアの子供たちに親しまれて歌いつがれている童謡もあれば,ペテルブルクのアンダーグラウンドのグループが作曲した歌もある。サプギール作詞,ユロフスキー作曲の「機関車の歌」(アニメーション『ロマシコヴォの機関車』)や,ノーソフ作詞,シャインスキー作曲「キリギリスが草の上にいた」(アニメーション『ネズナイカの冒険』),ハルムス作詞,マクシム・レヴィ作曲の「小舟が川を行く」などを聴いているうちに,すっかりロシア唱歌のとりこになった。それと同時に,時間ができたらペテルブルクの文化グループ《ミチキ》をはじめとするアンダーグラウンドの音楽について詳しく調べたくなった。

2005年06月15日

◆ペンギンの憂鬱

ウクライナのロシア語作家アンドレイ・クルコフ(1961年生)の小説『ペンギンの憂鬱』(沼野恭子訳 新潮社クレストブックス 2004年)を読む。憂鬱症のペンギンと暮らす作家志望の男が,新聞の死亡欄記事のアルバイトを引き受けたところから物語は始まる。それは一風変わった依頼で,まだ生きている有名人たちの死亡記事をあらかじめ準備しておく仕事だった。だがある事件をきっかけに,男は自分が死亡記事を書いた人物が次々に死んでいくことに気づき慄然とする…… ストーリーはもちろん,ウクライナの政治,社会状況に対する示唆,ペンギンの描写も面白い。古都キエフのアパートに住むペンギンという設定自体はファンタスティックで,それがこの作品に不思議な彩りを与えているのだが,他方でペンギンの動作や表情はとてもリアルに書かれ,ペンギンのいる光景が鮮やかに目に浮かぶ。

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先日,近所の動物公園を散歩した時,人間が動物を見るだけではなく,檻の中の動物もまた人間を見ていることに驚いた。人が通りかかるとわざわざ柵のそばに寄ってきて,人間をじろじろ眺めている動物がいる。キジは明らかにそうだったし,ほとんど身動きしないことで有名な珍鳥ハシビロコウでさえ,ちらりとこちらを見て数歩近づいてきた。コウノトリ目の鳥なので私に親近感を持ったのだろうか。10数羽のペンギンたちは,人間など見向きもせずに,岩山の壁に向かって直立していた。クルコフのペンギンも,しばしばお気に入りの方向を向いて立っている。動物園には1羽だけ,柵の手前まで近寄って,観客の顔をかわるがわる眺めている変わったペンギンがいた。クルコフのペンギンも,男を時々じっと見つめ,観察眼を働かせているような表情を見せる。動物園で,人間になんらかの関心を示したのが,サルやゾウやキリンではなく,キジやペンギンやハシビロコウといった鳥類だったのはちょっと意外だった。人間と鳥の間のあるかどうか分からないような頼りないコンタクトは,どこか哲学的でどこか切ない。クルコフの小説の主人公が,犬でも猫でもないペンギンを飼っていることに,コミュニケーションの希望と悲哀を感じる。