◆古いシルクハットから出た話
アヴィグドル・ダガン『古いシルクハットから出た話』(阿部賢一他訳,成文社)を読む。ダガンは,当時オーストリア=ハンガリー領だったフラデッツ・クラーロヴェー(現チェコ)で生まれたユダヤ系作家で,イスラエルの外交官として世界を転々としながら,チェコ語で執筆を続けた。
イタリア,日本,アイスランド,ビルマ……,各国を渡り歩く外交官たちの「華やかな」生活を,故郷を追われたユダヤ人の運命にも似た「さまよいの物語」として描きだす本書は,そのあざやかな語りの力によって,孤独と光に満ちた世界地図を幻視させる。
主人公である語り手は,外交官時代に東京の高島屋で購入し,長年愛用したという古いシルクハットから,数々の物語を取りだしてくる。シルクハットの中の黒い闇は,実に多くの登場人物が亡くなるこの小説における重要な空間である。ポーランド系ユダヤ人としての出自を隠して生きることに孤独を感じていた美貌の外交官妻は,ユダヤ系の愛人との密会先へ向かう途中で,車もろとも電車に吹き飛ばされる。死期を悟った老英国大使はオスロで自死し,愛犬があとを追う。つねに「優等生」だったオーストリア人外交官は,愛人と妻子に捨てられ衰弱して死ぬ。かれらは皆,シルクハットの中の黒い死の空間に呑みこまれるが,やがて姿を変えて手品のようにふたたび世界に飛びだしてくる。鳩,トランプ,花のように色とりどりの物語となって。






