2010年06月20日

◆バビロンとクズミン

今月の前半は,1988年に創設された文学者団体「バビロン」についての情報を整理していた。

25歳以下の詩人,作家たちが集う「若き文学者の同盟」として出発した「バビロン」は,最前線の文学作品を紹介する雑誌『バビロン』を1989年から2004年にかけて刊行し(92年までは地下出版),文学会や文学コンクールを企画し,90年代なかばからは,海外のロシア語詩人や老年の作家たちも巻きこんで,世代や国境をこえたダイナミックな文学運動をくりひろげてきた。

1997年にはインターネットのサイトを創設し,モスクワの各地で毎日おこなわれている朗読会のスケジュールを集約して,だれもが情報を共有できるようにしただけでなく,無数の朗読会の詳細なレビュー,現代作家の人物事典,現代文学アンソロジーを作成し,結果的に,約15年間にわたるロシアの現代文学の見取り図をつくりあげた。

「若き文学者の同盟バビロン」を創立したのは、スタニスラフ・リヴォフスキー(1972年生)、ワジム・カリーニン(1973年生)などの若い詩人たちだったが、なかでも中心的な役割を演じたのが、1968年生まれの詩人ドミートリー・クズミンである。

クズミンは,出版社「アルゴリスク」の編集長として,現代詩人や作家の少部数の作品集や,文芸誌を数多く出版すると同時に,「若き詩のフェスティバル」などの数々の催しを企画し,海外やロシア全土から詩人を招いて開かれる国際モスクワ詩人フェスティバルの組織委員や,俳句コンクールの審査員を務めてきた。

ソ連時代の非公式文学を再評価する活動にもとりくみ,かれのエネルギッシュな活躍ぶりは,「現代のディアギレフ」といってもよいほどだ(20世紀初頭に,美術,文学,バレエ,オペラなどの分野で活躍した芸術プロデューサーのセルゲイ・ディアギレフと同様に,クズミンも自分が同性愛者であることを公言し,ゲイの人権活動にもかかわっている)。

地方や海外の詩人の発見にも意欲的で,クズミンが編集したアンソロジー『非首都の文学――ロシアの地方の詩と散文』(2001)は,第15回モスクワ国際書籍展示市の「今年の書籍賞」を受賞した。2002年には,「バビロン」を中心とする活動にたいして,アンドレイ・ベールイ賞の「文学に対する貢献部門」を受賞している。

クズミンは、1997年から2003年にわたって,朗読会のスケジュールや新刊情報を掲載した『モスクワ文学生活』を全66号発行しつづけた。当時、だれもが、この新聞を片手に方々の朗読会場を回っていた。まるで、この粗末な印刷の新聞が、詩の場所を訪れるための大切なチケットであるとでもいうように。そして、「オギ」や「アフトルニク」の朗読会場のカーテンを開けると,暗い室内の奥で,クズミンが朗読がはじまるのをすでに待っていた。ときには,「バビロン」の詩人たちとともに。ときにはヴィスコンティの『ベニスに死す』のタッジオさながらの美しい少年たちにかこまれて。

かれは、会うたびに違う少年を連れていたように思う。2001年にひらかれた第2回国際モスクワ詩人フェスティバルでかれが朗読したこの詩も、そんな少年の一人を歌っているのだろうか。

  M・Pへ

  ぼくたちは地下鉄で長距離列車の駅に着いた
  おまえはずっと、どんなに地下鉄が好きかという話ばかりしていた
  おまえの唾の飛沫が
  ぼくの額に落ちた
  冷たい点となって
  (飛んでくるあいだにどうやって冷めたのか?)
  ぼくがおまえから手に入れたのは、それがすべてだ
 
クズミンは寡作な詩人だが,2009年には詩集『生きているのは良いことだ』(2008)で,「モスコフスキー・ショート賞」の銀賞を受賞している。

2010年06月07日

◆とても短いテクスト――アンソロジーの方へ

2000年初頭に詩人ドミトリー・クズミンが編集した『とても短いテクスト――アンソロジーの方へ』(NLO出版)を読み返す。その名の通り、しばしば半ページにも満たない現代ロシアの超短編小説を集めた作品集である。人生や自然への想いを綴った哲学的な散文詩を書き、ロシアに「小さな散文」(マーラヤ・プローザ)の伝統の灯をともしたイワン・トゥルゲーネフの生誕180年を記念して、1998年11月にモスクワで「小さな散文フェスティバル」が開かれたが、本書はその催しで朗読されたテクストを母体としている。

クズミンは本書の序文で、ロシアではまさに1980-90年代に「小さな散文」への作家たちの関心が高まったと述べ、こう述べている。

「トルストイやドストエフスキーの時代から一世紀以上が、プラトーノフとブルガーコフから半世紀以上が過ぎた今、なにか統一的な世界像を提示する全体的なジャンルとしての長編小説にたいする疲労感がはっきりと表面化してきた(長編の分野でも、現代ロシアの散文のきわめてすぐれた作品の多くが――たとえば前世紀最後のブッカー賞を受賞したミハイル・シーシキンの『イスマイルの攻略』が――、断片の複雑なモザイクとして構成されていて、全編の筋立てと主要な思想を見いだすのが難しいのも、理由のないことではない)」

 それにくわえて、現代の大衆小説のほとんどが「長編」であることも、純文学が長編というジャンルを忌避するひとつの理由であるという。

 クズミンは、このアンソロジーに、「叙情詩と散文詩の方へ」、「エッセーの方へ」、「心理主義の方へ」、「風刺とユーモアの方へ」、「幻想文学の方へ」といった全一一ものセクションを設けて作品を分類しているが、それは「小さな散文」というジャンルの多面性を強調するためにほかならない。実際、本書には、文学の約束事や文学研究をかるく笑い飛ばすイリヤ・ククーリンの風刺的な作品もあれば、ゴミの投棄という日常の出来事をきっかけに、沈黙をめぐる思索を紡ぎだすイワン・アフメーチエフの内省的なテクストもある。

いっぽう、1977年生まれの詩人ダニーラ・ダヴィドフの小説「教師」は、不条理な作品ゆえに反体制を疑われて逮捕され、収容所の病院で1942年に餓死したダニイル・ハルムスのように不吉である。その全文を見てみよう。

「学校の校庭で教師が生徒たちに別れを告げている。遠い遠いところへ行くのだと彼は言う。どこへ行くのかと生徒たちは尋ねる。遠い遠いところへだ。ぼくはすこし離れた場所に立ってそれを見ている。突然、学校の警備員がぼくの肩に触れ、ぼくは振り向く。ここでなにをしているんですか、学校はもう終わりですよと警備員は言う。先生がここを永遠に立ち去る前に少し話をしたいんです。なにを言ってるんですか、先生はもうここにはいませんと警備員は言う。かれは汽車に乗っていますが、鉄道は燃えさかる密林を抜けていくんですと警備員は言う。でも先生は助かるんでしょうとぼくは警備員に訊く。20分後に分かりますと男は答える。ぼくは学校の壁を見ている――最近まで、壁はたしかに白く新しく見えたのに、今は黄ばんでひび割れて、ところどころ漆喰が剥がれている。かれは助かりましたよと警備員は言う。でも機関士は死にました。」

こうしたテクストは、ソ連という全体的、統一的な「大きな物語」の影響力の及ばない地平で生まれてきた。多種多様な「小さな物語」の集積であるこのアンソロジーは、まさに、モザイク的な現代ロシアの文化状況を映しだす鏡のような書物だといってよい。

2010年05月26日

◆「イタリア賞」

北海道大学スラブ研究センターのホームページに、前田しほさんの興味深いモスクワ滞在報告が寄せられている。
第1回目の今回は、イタリア賞と詩人イワン・ヴォルコフについて。
PDFファイルはこちら

2010年05月20日

◆『古代への情熱』

授業でとりあげている文献で、ハインリヒ・シュリーマンの『古代への情熱』が言及されていたので、今さらながらにこの「名著」を読む。

1846年にアムステルダムの商会の代理人としてペテルブルクに派遣されたシュリーマンは、インド藍などの貿易によってロシアで莫大な財産を築き、引退後、その資金をもとに発掘に専念して、1871年にトロヤを発見する。

数年前、モスクワで、シュリーマンの発見した遺物の展覧会を見た際、この発見もロシアのおかげで実現できたのだと、年配の学芸員が語っていたのが印象に残っている。ロシアで書かれたシュリーマンの伝記を読んでみるのも、きっと興味深いだろう。

数々の虚構、虚言で満ちているともいわれる本書だが、プロイセンの小村アンケルスハーゲンで送った幼年時代の物語は、ヨーロッパ文学の香りがして、ふとシュティフターの『水晶』を思いだしたりもする。

とはいえ、シュリーマンの功績をあからさまに書きたてるあくの強さゆえに、読み進めるうちに疲れを感じるのもたしかで、「理想的な偉人伝」のあり方について考えさせる。

2010年05月17日

◆新人文学通報

国立ロシア人文大学の雑誌『新人文学通報』(Novyj filologicheskij vestnik)の2009年第3号がようやく刊行された。
昨秋投稿した、カバコフとユダヤの問題についての拙文が掲載されている。今回の号は、ロシアでお世話になったジーナ・マゴメドワ教授の還暦記念論集。

同誌の最初の6号は人文大のサイトでも公開されている。

2010年05月08日

◆フセヴォロト・ネクラーソフ

ロシアの現代詩人フセヴォロト・ネクラーソフが亡くなって、もうすぐ1年
彼の詩を数編訳してみる。


雲が流れていく
そこから
どこからか
そこへ
どこかへと
流れていく

雲が流れていく
奇跡を
目にしながら

そしてわたしも
そこへ行きたい

* * *

どこへ
どこから

そう
どこへ というなら
どこへ行くのかは ぼくは知ってる

でも どこから となると
どこから来たかなんて どこから分かるのか

いや違う
どこからっていうのは
どこからか 分かるけど

でも どこへ となると
どこへ行くかなんて どこから分かるというのか

* * *

同時代の詩人ミハイル・アイゼンベルクによれば、技巧性を感じさせないこの自然さこそが、ネクラーソフの高度な詩的言語の賜物だという。
アイゼンベルクは、ネクラーソフの詩は「呼吸」であると語る――「おそらく、時間も、こんなふうに深く息をすることだろう。いままでロシアの詩に、こんなに無重量なものがあっただろうか? これほど呼吸に近いものが? おそらくなかっただろう。これはわたしたちの最近の現象なのである。息をしているとは、つまり、生きているということだ」。

ネクラーソフは、「ソ連的な文学とはできるだけ無縁な言葉」を求めて、50年代に、検閲が比較的ゆるやかだった児童詩を書きはじめた詩人であり、かれの詩の多くは子供を対象としている。   
また、大人のために書いた前衛詩であっても、自然で飾り気のないネクラーソフの詩は、幼児の新鮮な驚きの世界につうじている。

ネクラーソフは、2009年5月15日に75歳で帰らぬ人となった。死の前年には、1958年から2008年までの約200編の詩を収めた美しい小詩集『子供の出来事』が出版された。
「どこへ行くかなんて どこから分かるというのか」と歌ったネクラーソフ。かれはいま、どこかで幸福な子供時代の夢を見ているだろうか。

2010年04月10日

◆ウラジーミル・ゲルツィクの俳句

新年度の最初の一週間、授業の準備や教務の仕事、保育園の送り迎えの合間に、1946年生まれの詩人ウラジーミル・ゲルツィクの俳句を読み、数編を訳す。

物理学者として研究所で働きながら、60年代から詩を書きつづけてきたゲルツィクは、ロシアの著名な日本文学翻訳家のヴェーラ・マルコワの翻訳で芭蕉に出会い、近年では禅と禅文化の熱狂的な信奉者となって、千以上の俳句を書いてきた。

遅々として訪れない悟りへの憧れを詠んだのか、「枝の向こうには 見通しのきかない深い蒼」という、どこか種田山頭火を思わせる句もあれば、「芽はいまだ膨らまず 空気はあたかも緑色」という、季節のひそやかな移り変わりを捉えた叙情的な句もある。「大地に触れもせで 雪のかけらはゆっくり東へ飛んでいく」という句は、東洋の文化に魅入られ、その世界のなかで生きているゲルツィクの魂を詠んだ句にも思える。 

ゲルツィクとはじめて出会ったのは、1999年の冬だった。モスクワのはずれのアカデミーチェスカヤ駅に降り立ち、都心とはちがい雪かきされずにスケートリンクのようになった複雑な道を歩いて、地元の小さな公立図書館を訪れた夜のことだ。
今はアメリカに移住したロシア文化研究者のミハイル・エプシュテインが,この図書館の一室を借りて文学会「イメージと思索」を始めた1986年以来、今にいたるまで、ここでは数々の詩の朗読会がひらかれてきた。そして朗読会が終わると、図書館のすぐそばにあるゲルツィクの家に時々集まっては、文学や美術について語りあうというのが、常連たちの習慣らしかった。

アパートの薄暗い踊り場をとおって、ゲルツィクのアパートに一歩足をふみいれると、そこは東洋の空間だった。まるで中国の観光地の土産物屋のように、壁一面が東洋の書画骨董でうめつくされた彼のアパートは、しかし、すべての物があるべき場所に収まっているという感じで、不思議な調和に満ちていた。部屋全体がかれの作品だといってもよかった。

モスクワの一角にこんな部屋があることにたいする驚きは、詩人の俳句を見せてもらった時に、別の驚きに変わった。絵と俳句を組みあわせた、山水画にも似たゲルツィクの作品は、彼の部屋と同様に、東洋の洗礼を受けた個性的なヴィジュアル・ポエトリーをかたちづくっていた。

ゲルツィクの俳句は彼のサイトでも紹介されている。

2010年04月08日

◆台湾版「大きなかぶ」

ロシア民話「大きなかぶ」は日本でも教科書や絵本などで広く受容されてきて、そこにはさまざまな歴史や物語がある。今回、他国での「大きなかぶ」の受容にも、興味深いケースがあることを知った。

元留学生だった台湾の友人が、先月来日し、台湾版の「大きなかぶ」の絵本を持ってきてくれた。台湾東部の花蓮の山岳を想起させるような挿絵の面白さもさることながら、ストーリーがオリジナルと大きく異なっている。

おじいさんがかぶを引っ張っても抜けないのは、地面の下でモグラがかぶを反対に引っ張っているからだという設定で、楽しい綱引きの場面が展開されていく。
おじいさんがおばあさんを呼んでくれば、モグラはヘビを呼んできて、おばあさんが孫娘を呼べば、ヘビはウサギを呼んでくる。こんな具合に双方大勢でかぶを引っ張り合い、最後にかぶは二つに裂けて、地上ではおじいさんたちがかぶのスープに舌鼓を打ち、地下では動物たちがかぶのパイを食べるという話。

絵本のテクストは中国語だが、付属のCDには中国語と英語の朗読が収められている。"Everyone, Pull"という題の英語版もある。出版元の和英文化(Heryin Books)は他にもユニークな児童書を出版している。

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