2004年08月28日

◆塩のオーロラ

ノーヴイ・マネーシュで《方角は北・方角は南》展を取材。このギャラリーは最近1年に1回のペースで,《方角》をテーマにした現代アート展を開いてきた。レオニード・チシコフは,塩を手でかきまぜて雪の結晶やオーロラ,雪嵐を連想させる模様を次から次へと自在に作りだし,その過程を映像作品として発表(写真)。新境地を開いた。

サハロフ博物館では《幻想への免疫》展を取材。ソ連時代を懐かしむ風潮に一石を投じる目的で,病院や共同住宅などソ連的な空間を再現した展覧会。タイトルから予想していたのとは違って,ソ連時代の貧困や恐怖を強調せず,郷愁を誘う品々を並べたおもちゃのような空間だった。「暴露したり教訓を与えるのではなく,ソ連という過去についてのステレオタイプを壊す」のを目的にしたとのこと。同博物館はモスクワの人権擁護団体の本拠地で,粛清の時代を中心にソ連の重い歴史を扱った常設展は,抑制されたトーンを守り,展示方法も洗練されている。ソ連史や文化に興味がある人なら一見の価値有。

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*サハロフ記念博物館  Zemlyanoj val., 57, str.6 地下鉄チカーロフスカヤから徒歩10分。火-日 11:00-19:00 tel.923-4401, 923-4420

2004年08月27日

◆お達者で!

仲のよかったお掃除のおばあさんが今日で退職するので,食事を作ってお招きする。ロシアでは女性は55歳,男性は60歳から年金受給がはじまるけれど,その後も現職にとどまることができる。というより,働き続けなくては生きていけない年金制度になっている。彼女がこの職場に転勤して16年。75歳になっても朝のラッシュを2時間かけて通勤し,寮の掃除を続けてきた。今後も家政婦として働き続ける。

今でこそカニは高級品になったが,40年代のソ連ではからっぽの食料品店でなぜかいつもカニだけ売られていたこと,お父さんは橋の設計技師だったので,クラスノヤルスクやミンスクなど旧ソ連全土にお父さんが建てた橋が残っていること,親戚の墓地はモスクワの有名な修道院にあったのに,地下鉄駅の建造のため墓石が没収されて今は何も残っていないことなど色々なお話を伺った。彼女が面白おかしく語ってくれる話は,ほとんどが苦労話なのに,陽気で前向きな彼女の話術で悲劇が喜劇にかわる。

2004年08月26日

◆水がない

夕方ロシアの大学の先生と会うので日中は宿舎で準備しようと思ったら,突然水が出なくなる。やられた。午後3時まで5時間の断水。ここでは工事で電気や水が止まることがあらかじめ分かっていても,事前に通知しないことも多いので,お茶も飲めないばかりか,ご飯を炊いている最中に炊飯器が止まっておかゆのような恐ろしいシロモノができたり,シャンプーの泡だらけの時にシャワーが止まることも時々ある。人権という概念の薄さを感じるのはこんな時。以前,雪の夜に洗面用具を抱えて隣の建物にシャワーを浴びに行ったことや,チェコの学生がじゃがいもを揚げながら,「水を使わない料理を考えた」と言ってにんまりしていた日のことが懐かしく(?)思い出された。

夜は水が出たので,10分の作業で出来るロシアのキャベツスープ(シー)を作る。適当に切ったじゃがいも,玉ネギ,キャベツに塩,胡椒,砂糖を加えて1時間ほど煮て,後からソーセージとバター(あればピクルスの千切りも)を足し,食卓でサワークリームを入れる。人参やニンニクを入れてもいいらしい。それにしても,夕食がすんでもお湯の供給だけは復活しない。次にシャワーを浴びられるのはいつ?

2004年08月24日

◆ナボコフ館

中央郵便局で最後の資料を送った後,作家ウラジーミル・ナボコフの博物館へ。ナボコフが生まれ,革命後亡命するまでの18年を過ごし,小説や回想記で繰り返し語られるこの家には,ナボコフの渦巻き模様のような文体にも通じる洗練された雰囲気が漂っている。

モスクワ駅近くの中東料理(?)のビストロ《アル・シャルク》(写真) でペテルブルク最後の食事。セルフサービス形式で待ち時間もなく,駅から3分なので,深夜発のモスクワ行夜行列車を待つのに最適。軽く食事して500~600円程度。

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*ナボコフ博物館 Muzej V.Nabokova Sankt-Peterburg, ul. Bol'shaya Morskaya, 47. tel.(812)315-4713
*アル・シャルク Nevskij ProspektとOrlovskij per.の角。

2004年08月23日

◆水の都の画家

ロシア美術館別館で,カバコフと親交のあった画家エドゥアルト・シュテインベルクの個展と,ルートヴィヒ美術館展を取材。後者では思いかげず,グリーシャ・ブルスキンやウラジーミル・ヤンキレフスキーの作品を見ることができた。

夕方,モスクワの詩人に紹介してもらった画家で詩人のワレーリー・ミーシンと,川辺の彫刻公園《夏の園》で会う。初対面で,しかも明朝展覧会のためドイツに旅立つというのに,ペテルブルクの画家達をとりまく状況や自分の作品についてたっぷり話してくれた。ミーシンは,2000年から文芸誌『アクト』(Акт)を発行し続けて,もう14号になる。ペテルブルクやモスクワの顔見知りの詩人達の作品だけでなく,どこからかミーシンのメールアドレスを知って詩を送ってくる海外在住の詩人達の作品も載っている。日本から送られてきた詩もあるらしい。

2004年08月22日

◆クレープをください

街道沿いの村々を通り抜けると,家の前庭のベンチに腰かけて街道を見ている人々に出会う。来る日も同じ場所に座ってじっと街道を見続けている村人の目には,行き過ぎる車や埃ではなくて,なにか違うものが見えているのかもしれないと思えてならない時がある。それが20世紀初頭のロシアの詩人たちも陥った手前勝手な幻想にすぎないと分かっていても。

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昔と変わらない村々に対して,昨年の建都300周年にむけて街の大改装をおこなったペテルブルクは,道路や観光地が整備され,新しい店もずいぶん増えた。ロシア風クレープ,ブリヌイを食べたいと思ったら,ネフスキー・プロスペクト44番地のチャイナヤ・ローシカ(Чайная ложка)がおすすめ。昔からモスクワは紅茶文化,サンクト・ペテルブルクはコーヒー文化といわれただけあって,ペテルブルクにはコーヒー中心のカフェ(Идеальная чашка кофеなど)が目立ったけれど,そこに目をつけたのが紅茶とクレープ専門店のこの店。30種類近くある本格的な紅茶が70円程度,はちみつクレープが90円,きのことじゃがいもクレープ,鶏肉と野菜クレープなどが120円。各種サラダも100円から。ペテルブルク全市でチェーンを展開中。

2004年08月21日

◆ロシアの朝

朝,ペテルブルクの町はずれで,大雨の中,傘もレインコートもなしに道路を掃除している50代の女性を見た。モスクワでも朝少し早く家を出ると,丹念に道路を掃いている清掃人とすれ違う。キリル・メドヴェージェフの詩にも,近所の道路清掃人を詠った1節があったが,彼らが一心に道を掃く姿はいつも色々なことを考えさせる。

モスクワに暮らしていた頃,冬の早朝まだ薄暗い時間に,6階下の道路から聞こえてくる雪を掃く固い音で目が覚めるのが好きだった。孤独で清潔な音。長い冬のこんな時間にも人が生きているのを思い出させる音。

2004年08月20日

◆大家さん

ペテルブルクで部屋を貸してくれている大家さんは,61歳の女性で一人暮らし。芯が強くてあたたかいロシアのバーブシカ(おばあさん)。2年ぶりのつのる話をするうちに,昨年彼女が癌を患った時の病院の治療のひどさを聞いてやるせなくなる。ロシアの病院は基本的に無料でも,医師に賄賂を要求されるのは日常茶飯事で,大家さんも医師に要求された金額を無理して工面した埋め合わせに,今は病後の体で家政婦として働きに出ている。年金が雀の涙なので,ロシアでは80歳近くなっても働いている人が少なくない。自分が育てた花を道で立ち売りしたり,乳母をしたり。昔,アメリカから来た知人が,「ロシアは好きだけれど,道で人々を見るのがつらい」と言っていたのを思いだした。

ペテルブルク大学文学部の書店(Universiteskaya nab, 11)は,モスクワでは手に入りにくい書籍も置いているので,ペテルブルクに来たら必見。本の発送も,ペテルブルクの中央郵便局の方がモスクワよりも便利。郵便局では,両親に連れられて海外に移住した孫達がロシア語を忘れないようにと,ロシアの絵本を大量に海外に送るおばあさんたちの姿をよく見かける。ロシア人が持つロシア語への強い思いを目の当たりにする。