2008年02月19日

◆ギッピウス『護符を持たずに』

ロシアで数年前に買ったジナイーダ・ギッピウス(1869-1945)の選集の第1巻を,先日ふと手に取り,長編小説『護符を持たずに』(1896)を読んだ。ロシア象徴主義の女神といわれるギッピウスの作品にしては,ストーリーも登場人物の描写も稚拙で,単純な文体には格別の個性もなく,1896年にペテルブルクの雑誌に掲載された後,作品集に収録されることもなく長い間埋もれていたのも肯ける。

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だが,この若書きの作品をとりあえず最後まで読んでみたのは,主人公の造型に興味をそそられたからだ。首都ペテルブルクで学問的な成功を収めつつあった前途有望な青年パーヴェルは,アカデミックな世界での出世を棒に振り,ロシアの農村で農民の子弟に初等教育をほどこす学校教師になろうと昼夜夢見ている。夢を支える伴侶として,地味で素直な女性ヴェーラと結婚するが,青年の指導教官である大学教授は,農村ではなく地方都市の学校教師の職を青年に斡旋する。地方都市で青年は肉欲に溺れ,妻との不和に苦しみ,自分には確固とした信念=「護符」がないことを同僚に指摘される。そして,健康を害した妻をともなって農村へ赴くのはもはや不可能であると知って,妻をペテルブルクへ返し,自分は家庭教師としてフランス語圏のとある町へ単身赴任する。

単身赴任先で青年は,数年前に結婚を誓ったが今は自分の伯父の妻となった魅惑的な女性アントニーナと再会して恋に落ち,それと同時に,いくつかの恋愛遊戯を体験する。やがて,伯父とアントニーナはロシアへ戻り,彼女は人生の意味を見いだせずに服毒自殺する。そして青年は,農村教師の夢を永遠に封印し,妻ととともに,ペテルブルク近郊のとある領地の管理人として平凡な暮らしを営み,牛乳の卸売りにいそしむようになる。

陳腐なストーリーではあるが,私は,19-20世紀はざまのロシア小説において,農村をめざした青年の破滅的な末路を描いた作品が流行したことに興味を持っているので,その一例としてこの作品を興味深く読んだ。ギッピウスのこの初期作品は,救済を求めて農村に入り,異教的なセクトに接近してリンチ殺人された青年の末路を描いたアンドレイ・ベールイの『銀の鳩』にも,ゆるやかな弧を描いて通じている。

Gippius, Z., Bez talismana // Zinaida Gippius. Sobranie sochinenij. Tom 1. Novye lyudi. Moskva: Russkaya kniga, 2001.

2008年01月27日

◆古いシルクハットから出た話

アヴィグドル・ダガン『古いシルクハットから出た話』(阿部賢一他訳,成文社)を読む。ダガンは,当時オーストリア=ハンガリー領だったフラデッツ・クラーロヴェー(現チェコ)で生まれたユダヤ系作家で,イスラエルの外交官として世界を転々としながら,チェコ語で執筆を続けた。

イタリア,日本,アイスランド,ビルマ……,各国を渡り歩く外交官たちの「華やかな」生活を,故郷を追われたユダヤ人の運命にも似た「さまよいの物語」として描きだす本書は,そのあざやかな語りの力によって,孤独と光に満ちた世界地図を幻視させる。

主人公である語り手は,外交官時代に東京の高島屋で購入し,長年愛用したという古いシルクハットから,数々の物語を取りだしてくる。シルクハットの中の黒い闇は,実に多くの登場人物が亡くなるこの小説における重要な空間である。ポーランド系ユダヤ人としての出自を隠して生きることに孤独を感じていた美貌の外交官妻は,ユダヤ系の愛人との密会先へ向かう途中で,車もろとも電車に吹き飛ばされる。死期を悟った老英国大使はオスロで自死し,愛犬があとを追う。つねに「優等生」だったオーストリア人外交官は,愛人と妻子に捨てられ衰弱して死ぬ。かれらは皆,シルクハットの中の黒い死の空間に呑みこまれるが,やがて姿を変えて手品のようにふたたび世界に飛びだしてくる。鳩,トランプ,花のように色とりどりの物語となって。

2007年09月05日

◆ボリス・グロイス教授 特別講演のお知らせ

ボリス・グロイス教授特別講演
『全体芸術様式スターリン』再考

ボリス・グロイス博士は,カールスルーエ造形大学(美術史・メディア理論科)の教授で,1960-80年代のロシア非公認芸術の分析や,ロシア文化の哲学的考察に関する画期的な研究で知られています。本講演では,グロイス教授の主著である『全体芸術様式スターリン』(ドイツ語版1988,英語版1992,ロシア語版1993,邦訳は2000年に現代思潮新社から亀山郁夫他訳で刊行)を現在の視点から再考します。アヴァンギャルドと社会主義リアリズムの関係,ロシア現代美術の概観,ロシアの文化状況の変化や,本著の受容や意義について論じていただきます。専門的関心をお持ちの皆様のご来聴を歓迎いたします。

講義・討論はロシア語,通訳なし。入場無料,予約不要。

日時 2007年9月16日(日) 午後4時-6時
場所 東京大学(本郷キャンパス)文学部3号館7階スラヴ文学演習室

住所 113―0033 東京都文京区本郷7―3―1
交通 地下鉄丸ノ内線・大江戸線「本郷3丁目」,南北線「東大前」,千代田線「根津」など下車,いずれも徒歩10分
東大構内案内図はこちら,東大本郷キャンパスへのアクセスはこちらを御覧下さい。

主催:日本学術振興会「人文・社会科学振興のためのプロジェクト」研究領域V-1「伝統と越境――とどまる力と越え行く流れのインタラクション」(プロジェクトリーダー:沼野充義・東京大学)
第2グループ「越境と多文化」(代表者:楯岡求美・神戸大学)

2007年09月02日

◆イリヤ・カバコフ『世界図鑑』絵本と原画

9月15日,神奈川県立近代美術館葉山館で,「イリヤ・カバコフ『世界図鑑』絵本と原画」展が始まる。

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今年のヴェネツィア・ビエンナーレにも参加し,日本でも水戸芸術館,森美術館などで大規模な個展を開催し,世界的に活躍してきたイリヤ・カバコフ。

1933年に旧ソ連(ウクライナ)で生まれたカバコフは,ソ連時代を主にモスクワで過ごし,当時の状況では発表することのできなかった作品を非公認に制作しながら,絵本の挿絵画家として生計を立てていた。1956年から1989年に出版されたカバコフの絵本は,100冊以上にのぼる。

本展は,絵本の挿絵画家としてのカバコフの重要な一面を,約100冊の絵本と、その原画約1000点によって,世界で初めて本格的に紹介するもので,現代アート,ソ連文化,社会主義と芸術,非公認芸術と公認芸術の関係を考える上で,きわめて興味深い視点を提供している。

カバコフが,ロシア系ユダヤ人としてのアイデンティティを問い直すきっかけとなった書籍『オーシャと友達』(ブジ・オレフスキー)の原画も展示される。カバコフという作家のユダヤ性や,ソ連におけるユダヤ文化について再考するための貴重な資料であり,こちらも世界初公開である。

それと同時に,動物や子どもたちの生活を描いたカバコフの愛らしい挿絵もたっぷり展示される。マルシャークやチュコフスキーなど,ロシアの児童文学を代表する作家の絵本もあれば,『ピーターパン』,『長靴をはいた猫』などの名作絵本も登場する。日本ではあまり知られていない東欧や中央アジアの童話や民話の絵本も出展され,児童文学とファンタジーの奥深さに驚いてしまう。

本展の詳細はこちらから。初日の9月15日には,カバコフと批評家ボリス・グロイスによる,絵本をめぐる公開対談が予定されている。

2006年08月02日

◆Ad Marginem

先週のシンポジウムのために,イリヤ・カバコフとボリス・グロイスの『対話』を再読。

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モスクワ・コンセプチュアリズム・サークルで60年代に活動を共にした2人の忌憚のない会話が,カバコフの芸術観,グロイスの文化観を浮彫りにしていく。この本を出版したAd Marginem(アドマルギネム)のソ連地下芸術の批評シリーズは,60-70年代ソ連を知る手がかりにもなる。

モスクワのAd Marginem書店は,地下鉄パヴェレツカヤ駅近くの路地の地下にある。モスクワではこんなふうに面白い場所の多くが地下に潜っている。その扉を開く時はいつもドキドキする。

Il'ia Kabakov. Boris Grois, Dialogi (1990-1994). M.: Ad Marginem, 1999.

2006年07月30日

◆それぞれの少女時代

今日も昨日につづいて,夕涼みをしたくなる爽やかな風。夕方になると,油蝉にかわってヒグラシが鳴きはじめる。

そんな夕方に,新刊,リュドミラ・ウリツカヤ『それぞれの少女時代』沼野恭子訳(群像社,2006年)を読み終えた。ソ連時代の少女たちを主人公にした6つの作品はゆるやかにつながっていて,それぞれの話を読み終えるたびに,「この話が一番好きだ」と思うけれど,次の話を読むとまたそう感じる。

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意地悪な妹に,近所に住む「怖いおばさん」が実のお母さんだと騙されて家出をして,夜の動物園で眠りに落ちてしまう感受性の強い女の子,憧れの教師に花束をプレゼントするために体を使ってお金を稼ぐ子,暗闇を恐がる子,誕生会になかなか友達が来なくて泣きだす子。時や国を超えて共通する少女たちの心の動きが的確に,しかもユニークなストーリーの中で描写されている。ユダヤ人差別,貧富の差,都市の住環境,ピオネール(社会主義少年少女団)の活動など,当時のソ連の社会的状況も伝わってくる。

冒頭の「他人の子」は,普遍的な叙事詩の始まりにふさわしく,神話的な空気を漂わせている。なぜか『百年の孤独』を思い出した。

この本の持つ不思議な空気感,ソ連時代の少女たちの心の綾と時代が織りなす特別なアウラのようなものに包まれて,この夏の空気が遠いソ連時代にまで続いているような気がした。

2006年07月16日

◆家庭で作れるロシア料理

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つい先日のこと。
「パスタやカレーはもちろん,ピーマンの肉詰めとか,サーモンと野菜のソテーとか……」
「日本の物価では1人前300円で夕食を作ることはできない」とロシアから来た友人がいうので,「そんなことないよ」と色々な料理をあげてみた。

そういえば,ピーマンの肉詰めはロシアにもある。別の友人がロシアから日本に来たときに,「日本の食材でも作れるロシア料理」ということで作ってくれたことがあった。もともとこの料理は南方からロシアに入ってきたが,今では家庭料理として定着している。

ロシアと日本のピーマンの肉詰めの違いは,ロシアでは,挽肉+玉ネギにお米を加えて,焼くかわりに色々なスープで煮ること。お米が入ると味がまろやかになり,ロシア版のもとてもおいしい。

今月,ロシア料理を作るのにぴったりの本が出た。料理・荻野恭子,エッセイ・沼野恭子 『家庭で作れるロシア料理』(河出書房新社,2006)。

ピロシキ,ビーフストロガノフ,夏にぴったりの「冷たいボルシチ」や,手軽でおいしいビタミン源「ニンジンのサラダ」,そしてロシア風ピーマンの肉詰めものっている。ロシアの農園生活や,文学と料理についてのエッセーも食欲をそそる。

この本を参考に,近々サワークリームを使った料理に挑戦するつもり。生クリームとプレーンヨーグルトでサワークリームができるなんて目からウロコだ。

2006年07月08日

◆『カンディード』〈戦争〉を前にした青年

最近の書棚から。

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水林章『『カンディード』〈戦争〉を前にした青年』(みすず書房,2005年)は,ヴォルテールの『カンディード』の卓越な読解であるだけではない。「テクストのなかに実際に存在する具体的な記号・言語的事実にそくして読む批評的な作法」と,「テクストをそれが関与する大きな歴史的世界へと開く」姿勢のあいだを往復するという文学研究の理想を示した1冊である。


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先祖伝来のぬか床が呻きはじめ,手をつっこんでみると底に得体の知れない卵があり,気がつけば男の子や中年の女性が生まれている。死んだ叔母からこんな奇妙なぬか床を受けついだ主人公は,ぬか床を「故郷」に帰すために先祖の島をめざすが……

梨木香歩はこれまでにも不思議で結末が予想できない小説を書きつづけてきたが,新作長編小説『沼地のある森を抜けて』(新潮社,2005年)も,森のなかの迷路を歩いてでもいるように,良い意味で見通しがきかない。小説に仕掛けられたいくつものストーリーが,最後にはまるで発酵したかのようにひとつに溶けあって,思いもしれぬものに変貌していく。

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