2006年08月08日

◆韓国4-現代美術館

ソウルの国立現代美術館は,地下鉄〈ソウル大公園〉駅から,なだらかな丘の道を歩くこと20分,見晴らしのいい丘の中腹にある。

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やっとたどりつくと出迎えてくれるのは,ジョナサン・ボロフスキーの巨大彫刻《シンギングマン》。アルミの巨人の口がぱくぱく動くと,ホルンのような低い歌声がもれ出て,高原の空気を静かに震わせる。この作品は,初台のオペラシティの中庭にもある。のどかに歌うこの巨人は,世界中にちらばった仲間たちと歌で交信しているような風情だ。

現代美術館で開催中の《韓国美術100年 第2部》は,「伝統,人間,芸術,現実」というテーマを通じて,1960年から現在までの韓国現代美術を俯瞰する画期的な展覧会。各時代を代表する作品約300点と資料によって,韓国の美術,社会,生活の変化を見渡すことができる。アヴァンギャルド,プロレタリアート美術,新聞を用いたソッツ・アート的な作品などみごたえがあり,もう一度ゆっくり見てみたい。いつか日本に巡回するだろうか。

現代美術100年(2部)-伝統・人間・芸術・現実
100 Years of Korea- Tradition, Human, Art, Reality
国立現代美術館
2006年6月2日(金)-9月10日(日)

2006年08月06日

◆韓国2-素心

ソウル行きの飛行機で隣あわせた韓国人のおじさんは,東京でやっている韓国料理店の材料の買いつけをしにいくとのことで,韓国料理について色々な話をしてくれた。

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「牛より豚の焼肉がおすすめ」,「ゴマの葉を日本で育てても,土が違うので,2年目からはシソのような味になってしまう」,「韓国の餃子もおいしい」,「鶏料理サムゲタンは,日本の土用の丑のウナギのような位置づけで,夏バテ防止」など,どれも面白い話ばかり。そして,「小皿料理がテーブルいっぱいに並ぶ韓定食を食べるといい」とすすめてくださったので,さっそく行ってみた。

仁寺洞(インサドン)入口の菜食韓定食店〈素心〉は,地下にある居心地のいい店で,キムチ,ナムル,古代米,納豆汁,焼魚,梅茶などどれもおいしく,柔らかい味。ソウルに住んでいたら,美味しい料理とおばさんの笑顔にひかれて通ってしまいそう。韓国語で「美味しい」は,「マシッソヨ!」。どうしたら,鯖をあんなにマシッソヨに焼けるのかな。


素心(ソシム)
電話: 02-734-4388
アクセス: 地下鉄3号線「安国駅」6番出口を出て仁寺洞方面に。各種ガイドブックにもお店の地図がある。

2006年08月05日

◆韓国1-明洞2街

8月に入って数日間ソウルへ行った。

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手頃で交通の便が良いホテルを探したら,明洞(ミョンドン)に泊ることになった。ここは,若者たちが夜遅くまで,ショッピングや屋台めぐりを楽しむ町。日本なら,さしずめ渋谷や新宿紀伊国屋の裏通りといったところ。

でも,表通りから偶然迷いこんだ明洞2街は,中国のお茶やお菓子の小店,書店がひしめきあい,華僑学校の赤い壁がエキゾチックな異次元空間だった。別名,旧中国大使館通り,あるいはソウルの中国街。ソウル中央郵便局と漢城華僑学校のあいだの200メートルばかりの短い路地は暗褐色に輝いて,若者文化の街のなかで独特の魅力をたたえている。

夜も更けていたが,どうやら近くの店の飼い犬らしいおとなしい犬が路上でつながれていて,通りかかったおじさんが嬉しそうに話しかけていた。毎晩,家への帰り道でこの犬に会うのが,幸せな日課とでもいうように。

2005年02月27日

◆島へ

会議と入試の合間に北と南に出張に行き,日本の細長さを体感した月だった。札幌では北海道大学スラブ研究センターの研究会で発表し,報告を聞き,色々な方の意見を伺って勉強になった。久しぶりに友人たちと再会できたのも楽しく,札幌の雪の白さに心洗われるような気がした。

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翌々日は気温差20度近い宮古島へ。そこからさらに船で伊良部島や大神島にも渡った。各地に残る湧水や御嶽(霊所)は,土地の記憶を感じさせる。言語と風俗調査のため1920年代に宮古島に3度来島したロシアの言語学者ニコライ・ネフスキー(1892-1937)も,きっと同じ場所に立ったにちがいない。ネフスキーは官費留学生として来日し,柳田国男や折口信夫と親交を結び,日本語,フォークロア研究で大きな成果をおさめてソ連帰国後はレニングラード大学などで教鞭をとったが,1937年にスパイ容疑で逮捕,粛清されてしまう(57年に名誉回復)。語学の天才で,現地に入って数日後には土地の言葉で話して周囲を驚かせたという。

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島の自然もさることながら,夕食をとるために通った平良市の繁華街の外れの仄暗い佇まいが,言い表しがたい郷愁を誘った。昔,ある絵本で見て以来,ずっと求めていたものに初めて出会った気がする。それは日本各地の古い商店のイラストを集めた字のない絵本で,当時子供心に不思議な懐かしさを感じたものだった。気になって調べてみたら,福音館書店《こどものとも》シリーズの絵本『おみせ』(五十嵐豊子作)で,1980年に刊行されたとのこと。25年たっても記憶から色あせない傑作だったが,今は絶版になっている。同著者の『えんにち』も字のない絵本で,こちらもイラストレーションの空気感がすばらしい。

2005年01月04日

◆台湾の旅

昨年の後半はほとんど休みが取れなかったので,急に思い立って休暇中に数日台北に行った。見るものすべてが新鮮だったし,たくさんの人が町で話しかけてきてくれた。その中には,昔日本軍に従軍させられて日本語を話すおじいさんもいて,駅からの道順を親切に教えてくれた。

長距離バスの運転手さんは,渋滞や信号でバスが止まる度に窓ガラスを拭き,ハンドルを磨き,切符を数え,髪まで梳かして,車庫に着いたらすぐ降りられるように一時も手を止めずに情熱的に作業していたが,その計算しつくされた工程はまさにプロフェッショナルな技で,仕事をするとはこういうことなのだと頭が下がった。2日間だけガイドさんと一緒に観光したが,2人のガイドさんが自己紹介の後に「私はこの仕事が好きです。今日は皆さんに楽しんでいってほしいと思います」と言ったことには,はっとさせられた。教育の目的は楽しませることではないが,教師もガイドも人に接する仕事という点では同じ。ガイドさんはこの仕事が好きというオーラを発していた。複数の語学に堪能なだけでなく,名所,交通,店など都市のあらゆるパーツを掌握して臨機応変に仕事をこなしていく様も啓発的だった。

映画《非情城市》のロケ地として有名な九イ分の風情ある坂道や,台北の色鮮やかな寺院とそこで熱心に祈る人々,故宮博物館の展示にも強い印象を受けた。普通の住宅街や路地の彩り,茶芸館(喫茶店)のゆったりした時間も素晴らしかった。台湾の友人がすすめてくれた基隆の夜市や花蓮の峡谷は予想以上だったし,台北から地下鉄で行ける淡水の落ち着いた文教地区は,移住したくなるほど素敵だった。

ちなみに台北のサントスホテル(三徳大飯店)は,この価格帯の別のホテルとは比べものにならないほど部屋も広く清潔で,交通の便が良く,朝食も充実しているし,なによりサービスがとても良い。台北に泊まるなら本当におすすめ。

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(写真は上から,龍山寺,太魯閣峡谷,九イ分,孔子廟,同,台北のビル)

2004年07月12日

◆蔵王で

先週末,蔵王にトレッキングに出かけた。ドッコ沼やいろは沼をめぐる散策路や山頂に続く登山道では,二日ともほとんど誰にも会うことがなく,大自然の静けさを満喫した。鳥海山や月山を遠く臨む里では,この風景を見ながら暮らすためなら毎日同じ畑を耕せるだろうか,と考えた。

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心身ともに疲れている時には何時間もゆっくり歩き続けるのが良い,とロシア人の友人が教えてくれたのは,三年前の七月だった。奨学金も終り,将来のあてもなく,体調を崩した出口のない日々だったが,詩人で心理学者である彼女は,モスクワ郊外のダーチャ(山小屋)に半病人の私を執拗に誘ってくれ,夕暮れの森や広大な野原,昔の貴族の邸宅の廃園,アンドレイ・タルコフスキーの映画を思い出させるような水草の浮かぶ小川をめぐる長い散歩につれだしてくれた。山小屋の庭に古いテーブルセットを出して,もぎたてのトマトやキュウリを時間をかけて細かくきざんだサラダをいっしょに作った。今思えば,それは詩人であると同時にセラピストとして働いている彼女が,知識と友情を注いで行ってくれた療法だった。

それ以来,疲れが溜ると旅に出て山や野を歩くけれど,あの時のロシアの野のように美しくもの哀しい風景には出会ったことがない。

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