2010年03月19日

◆植物と時代と

先月、黒い枝と白梅が夕日を背に浮かびあがる小さな梅園のそばを通りかかり、ゴッホが歌川広重作「名所江戸百景 亀戸梅屋鋪」を模写した「花咲く梅の木」(1887)を思いだした。でも、その冬の澄んだ夕空は、ゴッホの濃厚なマチエールよりも、広重の透明感により近かったような気がする。
東京の郊外の、もとは広かった梅園に今ではまばゆい大型のドラックストアが建ち、その裏手にひっそり十本ばかり梅が残っているのは、それでもなんともいえない武蔵野の風情だ。

先日ふたたび、やはり夕暮れ時にそのそばを通りかかると、梅は盛りを過ぎていたが、予期せぬことに、梅の根をなでるように一面にスミレが花開いていた。夕べに見るスミレの群生がこれほど幻想的なものだとは知らなかった。10年ほど前、北国の明るい夕べに、モスクワのエルミタージュ庭園で、名前の分からない青い花の茂みの写真を撮りつづけた夜があったが、その時と同じように、ふと、ロシア象徴主義のアレクサンドル・ブロークのスミレの詩を読みかえしたくなる。

先月、神代植物公園で、ヒスイカズラという勾玉のような形の青緑色の花を見た。
ヒスイカズラと、ある種の柳も、私にはなぜか、20世紀初頭ロシアの「銀の時代」の文化を連想させる。柳は、当時の「芸術世界」派の絵画に実際に描かれているし、その優美で繊細な線もあの時代の詩にふさわしい。熱帯植物のヒスイカズラはロシア「銀の時代」とはなんの関係もないけれど、世紀末的なその色彩と形状は、ビアズリーやミハイル・ヴルーベリの世界を彷彿させる。

ロシアの文学研究者を何人か日本に招いた際、かれらはしばしば、路傍の木や花の名前を尋ね、私や学生がそれを知らないことに心底驚いていた。「毎日見ている木の名前をなぜ知らないのか」と。
それから数年経った今も、私の植物の知識はほとんど増えていない、というか皆無に近いが、子供といつも同じ道を、それこそもう百回近く散歩するうちに、その時々の植物に以前より興味を覚えるようになった。(なにしろ、道はいつも同じだし、子供に話しかけようにも、いつしか眠ってしまうのだから。)

同じ道を毎日散歩していると、草木の勢いや日ざしの強さのかすかな違いを肌で感じるようになる。通学路や通勤時には感じたことのない感覚だ。
八月には、地元の小学校の裏の木陰で、昨日よりも濃い葉の色と強い日光を見上げた。一月には、変哲もない郊外の町のあちこちで、意外なほど多くの人が水仙を好んでいることを知った。
休業期間も終わり、幸福でもあるが時にはやや苦行のようでもあった、千日回峰行めいた日々は遠くなってしまったが、草木へのゆるやかな興味はその後も続いている。木や花に自分を重ねたロシアの詩人たち詩を読む時に、その感覚がいつか役立つだろうか。

gogh.jpgフィンセント・ファン・ゴッホ「花咲く梅の木」(1887)

2010年02月24日

◆ブダペストの彫刻公園

記念碑についてのロシア語エッセーがBBC.Russianのサイトに掲載された。

ペテルブルクの「夏の園」のクルィロフの彫像、モスクワの宇宙飛行士ガガーリンの記念碑、モスクワ川に1997年に建てられたピョートル2世の悪評高いモニュメントについて。

ソ連崩壊の際に撤去された社会主義の記念碑は、トレチャコフ美術館新館の脇の空き地に放置され、過去に思いをはせるための詩的な空間を作っていた。だが、ある日突然「名誉回復」されて、台座、プレートを与えられ、花壇と小道のある、いかにも薄っぺらい小公園が作られた。

一方、同じく社会主義時代の記念碑を集めたブダペストの彫刻公園は、ハンガリーにおけるソ連や社会主義時代へのまなざしを知ることのできる場所だ。禁欲的な展示方法で社会主義時代の記念碑を広大な敷地に配置し、歴史から学ぶことを促すこの公園は、政治的な記念碑をどのように保存するべきかというひとつの答えを提示している。

2010年02月21日

◆ベールイ博物館

昨日のブログで触れたクチノについて。

アンドレイ・ベールイの原稿や独特の絵画作品を展示するアルバート通りのベールイ博物館は必見で,アルバート界隈に林立するプーシキン博物館やスクリャービン博物館とともにぜひ訪れたい場所だが,モスクワ県のクチノにも,作家の晩年の孤独を偲ばせるささやかな博物館がある。) 

作家にまつわる資料も少なく,快適な二階建ての小さな家屋は,田舎のダーチャ(ロシアの山荘)に来たようでもあるが,各部屋をまわっていると,ベールイと晩年を共にしたクラウジヤ・ブガーエワが回想記に記した当時の生活が甦ってくる。なにより,クチノの寂しい自然が,ベールイの晩年の作品につながっている。

クチノの訪問記はこちら

2010年02月20日

◆記念碑

「世界中の好きな場所に好きな記念碑をひとつだけ建てられるとしたら、どこに何を造りますか?」という書き出しで始まるロシア語の記事を書き、編集者に送る。

プーシキンなら、私は自分の不滅の詩によって、記念碑を建てたというだろう。

日本贔屓の詩人ウラジーミル・ゲルツィクは、私の質問に答えて、「ぼくはもうこんな記念碑を建てたよ」と、まさに「記念碑」というタイトルの詩のリンクを送ってくれた。プーシキンの有名な詩のパロディで、

私は自分の記念碑を建てた。詩人の気まぐれだ
私は自分の記念碑を建てた。それが今流行だから。
私は自分の記念碑を建てた。そうする必要があった……

という具合に延々と続いていく。(ロシア語原文のリンクはこちら

私なら、作家アンドレイ・ベールイが苦い晩年を過ごしたクチノの森の奥の、わざわざ訪ねていかなければ誰の目にも触れない場所に、作家の胸像を置きたい。 彼が幼年時代を過ごした華やかなアルバート通りにではなく。

記念碑はしばしば、人々の悲しみや苛立ちを招き、諍いを引き起こすものでもあるから、願わくは、その記念碑に「会いたい」と思ってその場を訪れる人の目にだけ触れるような、そんな人知れぬ場所に記念碑を立てたいものだ。あらゆる政治的な、あるいは醜い記念碑へのアンチテーゼとして。

2009年06月06日

◆ロシア語ブログ

BBC.Russianのサイトに連載中のロシア語エッセー 「ロシア社会の100の規則と1000の例外」が更新された。今回のエッセーは,ロシア社会における「自由度」について。

社会全般の傾向について軽々に論じるのはつつしむべきだが,ロシアでは,規則や決まりがあっても,すぐに自分に都合の良い例外を探そうとする場面にしばしば出会う。決まり事を,交渉やその他諸々の手段によって人々がカスタマイズする社会には,長所もあればもちろん短所もある。人々が同じ権利を持ち,同じ待遇を受けるという公平性はつねに危機にさらされているし,何事も交渉次第というのはおそろしく体力を消耗する社会だ。ただ,法律違反などとは無関係の場面についていうならば,あらゆる道を自分で作っていくのが前提である社会やライフスタイルは,人間的といえばきわめて人間的でもある。そんなことについてとりとめもなく書いてみた。

今までの連載はこちら。

1 「忘れえぬ人々
2 「愉快なエクスカーション
3 「外国人はロシアでなにを探しているか」 
4 「日本のチェブラーシカ・ブーム
5 「レジでの友情

2009年01月12日

◆外国人のロシア冒険

BBC Russian comのサイトで,「外国人のロシア冒険」欄の2回目の担当が回ってきた。

今回の記事のタイトルは,「愉快なエクスカーション」。

rostov_2

ロシアで日帰りや一泊のエクスカーションに参加して驚いたのは,建築や都市の歴史に関するガイドの説明が,とても詳しく,専門的で,参加者も時にはメモをとりながら熱心に聞き入っていることだった。

行き帰りのバスの中はもちろん,現地に着いてもガイドの詳しい説明は続き,作家の邸宅博物館や聖堂の入り口に立ち尽くしたまま,20分以上も解説を聞くことも珍しくない。様々な場所に移動する度に,それが何度もくりかえされる。エクスカーションの最後には,街を散策するための自由時間もあり,充実した一日を過ごせる。

BBCのサイトでは,読者がブログに自由にコメントを残せる。ロシアやイスラエル,ドイツなど各国のロシア人のコメントを読むと,ロシアのガイドがプロフェッショナルだというのは,やはり一般的な認識らしい。

そういえば,夏休みともなると,母親と中学生くらいの物静かな息子が,二人でエクスカーションに参加している微笑ましい光景もよく見かけた。ロシアのお母さんもなかなか教育熱心だ。


写真:2003年,ロストフ

2008年12月09日

◆BBCロシア・ブログ

BBC Russian comのサイトで,「外国人のロシア冒険」欄の担当を始めた。各国のブロガーと一緒に,外国人の目から見たロシアの生活,文化をロシア語で紹介していく。

私の初回の記事は,「ロシアで会った忘れえぬ人々」。
ロシアでは,路上や店などで偶然一緒に居合わせた人たちとのあいだで,それから先もずっと忘れられないような会話をすることが,日本にいる時よりも頻繁に起こる気がする。

今回の記事では,ある吹雪の夜にモスクワ郊外の路上で,天使のようにどこからともなく現れて去っていった不思議な老人との出会いと,夏の夕暮れの警察で酔っぱらっていた気さくな警官との会話について書いてみた。

記事は,今後不定期に更新していく予定。

2008年02月11日

◆イリヤ・カバコフ『世界図鑑』絵本と原画

小雪の舞った2月9日,「イリヤ・カバコフ『世界図鑑』絵本と原画」展の初日のため,世田谷美術館へ行く。展覧会開催にあわせ,雑誌『Dear』3月号(2月12日発売)に,カバコフ展の短い紹介を書いた。

Ilya_kabakov

ソ連時代,生計を立てるために100冊余りの絵本の挿絵を手がけたカバコフ。作家の長年の「絵本体験」は,その後の創作にも様々なレベルで受けつがれた。たとえば,ミュンスター(ドイツ)に設置された彫刻<空を見上げて>は,草の上に寝そべった観客が空を背景にして文字を読むという「自然の中の絵本」の形式である。「いとしい人よ,草に寝ころんで,空を見上げよう……」というテクストを読んで実行した観客は,自分自身も「絵本」の登場人物に変身する。緑にかこまれた平和なひとときを堪能させる作品だが,彫刻の上に広がる空は,戦場で倒れた兵士がふと空を見上げて世界の雄大さに気づくというトルストイの『戦争と平和』の有名なエピソードを想起させる。
 
カバコフのこのアンテナは,10年に1度開催されるミュンスター彫刻プロジェクトの参加作品として制作された。この野外彫刻プロジェクトでは,作家たちは2年前から現地を訪問して,ミュンスターのどの場所にどんな作品を設置するかを企画し,場と作品の共生,生活とアートの関係を模索する。

2007年夏に行った第4回ミュンスター彫刻プロジェクトでは,作品と場との関係,そして観客との関係を観察するのが,予想以上に刺激的だった。会期中のミュンスターは,様々なストーリーが同時多発的に起こる巨大な絵本のような空間であり,観客は皆,登場人物である。私が演じたのは,町から一番遠いパヴェウ・アルトハメルの作品の近くでレンタサイクルをパンクさせ,川沿いの道を延々と歩くという役回りだったのだが……。

写真:イリヤ・カバコフ <空を見上げて> 1997 (2007年撮影)

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