2008年04月12日

◆アンナ・アリチューク追悼

ロシアの詩人アンナ・アリチュークの遺体がベルリン中心部の川で発見されたと,友人が知らせてきた。ロシアの各新聞もそのニュースを報道している。3月21日に彼女が行方不明になって以来,友人達は奇跡を願っていたが,奇跡は起こらなかった。自殺か他殺かを示す手がかりは,今のところ見つかっていない。52歳だった。

アリチュークは,ロシア・アヴァンギャルドの伝統をうけつぐ視覚詩の権威として,さまざまな言語実験を行ってきた。詩人セルゲイ・ビリュコフらとともに,視覚詩の夕べをモスクワの図書館やギャラリーで開催しては,颯爽と聴衆の前に歩み出て自作を朗読した。目標に向かって果敢に突き進んでいく彼女だったが,朗読の後,そっと友人達のもとに歩み寄り,「今の朗読で良かったのかしら。私はビリュコフのように上手には読めないわ。視覚詩を読むのって本当に難しいわ」と不安げな面持ちで尋ねたことがあった。すばらしい朗読だったと答えると,彼女は,喜びで内側から照らされたように顔を輝かせた。アリチュークはいつもそんなふうに繊細に笑った。

モスクワのベラルースカヤ駅からバスで10分。暗い住宅街の中の古い快適なアパートを訪ねるたび,彼女は昔や最近の作品,面白かった本などを次々にとりだして,熱く語り続けた。多才で高名な芸術家でありながら,子供のように無邪気に世界と戯れていた。

美術家であり,フェミニズムの理論家でもあった活動的な彼女は,モスクワのどこにでもいた。展覧会,講演会,いくつもの朗読会。どこにでも彼女が現れるのが,当たり前の気がしていた。同時代に生きる喜びがこれほど早く絶たれるとは知らずに。

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2008年04月06日

◆川村記念美術館リニューアル

千葉県佐倉市にある川村記念美術館が,3月15日にリニューアルオープンした。

常設展会場の面積が今までの1.5倍になり,マーク・ロスコの連作7点を展示する瞑想的な「ロスコ・ルーム」,森の木漏れ日の中でバーネット・ニューマンの『アンナの光』を鑑賞する「ニューマン・ルーム」が新設された。ジョゼフ・コーネルの作品が展示されているのも嬉しい。どこから行くにも遠い美術館だが,一日かけて訪れる価値がある。

5月25日までは,企画展「マティスとボナール ―地中海の光の中へ―」も開催されている。

2008年04月04日

◆アンナ・アリチューク

1910-20年代のロシア・アヴァンギャルドの言語実験の潮流を受けつぐ詩人たちが,現代ロシアにもいる。日本でも訳書『星の時間』で知られるコンスタンチン・ケドロフ。回文詩などの言語遊戯を追求したドミートリー・アヴァリアーニ。視覚詩の技法を発展させ,視覚詩の朗読という困難な課題に果敢に立ち向かってきたアンナ・アリチューク(本名アンナ・ミハリチューク)。

アリチュークに初めて会ったのは2000年頃だ。彼女は自宅に友人たちを招いては,見事な料理をふるまい,詩を朗読し,今とりくんでいるプロジェクトについていつも情熱的に語った。当時40代後半だったアリチュークは,詩人としてだけでなく,アーティストや評論家としても活動の場を精力的に広げていた。

2002年にトレチャコフ美術館で開催された「女性芸術――15-20世紀のロシアの女性=画家」展では,インスタレーション『乙女の玩具』(1994)を発表。「ミロのヴィーナスだって,たまには男性の裸を見てみたい。自分が見世物にされるのはもうたくさん!」という筋立てで,ミロのヴィーナスのポーズをとった男性の半裸写真を,遠くからヴィーナスの頭(彫刻)が見ているという作品だ。男性にとっての理想の女性像である女神が「反乱」を起こすというストーリーである。写真の男性達には,本物のミロのヴィーナス像と同様に手と頭がなく,そのかわりにヴィーナスが頭を獲得しているこの作品は,男性芸術家だけが「意味づける者」で,女性は描かれる対象でしかなかった状況を揶揄していた。

アリチュークはこのコンセプトを発展させ,同年の国際写真展では,プロジェクト『掟の像Ⅱ』を発表した。この作品ではアリチューク自ら裸になり,巷にあふれる「男性用の」エロティックな女性の裸ではなく,女性自身が主体的に自分の裸体(+テクスト)でなにを表現するかという問いかけを発したのである。

アリチュークは,夫である哲学者ミハイル・ルィクリンと共に,ロシアの詩壇,美術,フェミニズムについて様々な評論活動もくり広げ,展覧会の企画にもかかわってきた。2003年に彼女が企画に加わった「宗教にご用心!」展(モスクワ,サハロフ博物館)は,ロシア正教を戯画化した作品を含んでいたことから,狂信的なテロリスト達によって会場を破壊され,アリチュークらは宗教的敵意をかきたてた容疑で裁判を受けることになった。アリチュークは無罪になったが,サハロフ博物館館長と学芸員は多額の罰金を命じられ,新生ロシアにおける表現の不自由を世界に知らしめた。

この数日,ドイツやロシアの新聞は,アリチュークの失踪事件を報じ続けている(朝日新聞でも4月1日に報道)。3月21日午後,「買物に行く」と言ってベルリンのアパートを出たまま,今も行方が知れない。政治的,宗教的理由による誘拐とも,抑鬱症による自殺とも言われているが手がかりがない。昨年12月に彼女がベルリンに移住した直後に送ってきた手紙は,いつものようにバイタリティに満ちあふれていた。

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アンナ・アリチューク関連文献(鴻野)

・「下着とパレード 現代ロシア文化におけるノスタルジー」『早稲田文学9月号』(早稲田文学会,2001年)51-59頁.
・「ロシアの梟はヴィーナスの夢をみるか―ロシア美術とフェミニズム」『窓 2002年3月 120号』(ナウカ,2002年) 29-33頁.
・「渦巻くモスクワ―アート・裁判・ビエンナーレ」『BT美術手帖vol.57. No. 864 2005年5月号』(美術出版社,2005年)133-137頁.
・「現代ロシアンアートの50年―生きのびるためのアート」『AVANGARD』Vol.4(TGO UNIVARTO,2008年)8-12頁.

2008年04月03日

◆芸術新潮4月号

芸術新潮』4月号は,「創刊700号記念大特集」である。世界のヴィーナス100選を選んだ大特集(木島俊介,青柳正規,小池寿子)は読みごたえがある。この記事を片手に,世界のヴィーナスを訪ねる旅,あるいは,ここでは選ばれなかった自分だけのヴィーナス像を探す旅に出られたら,どんなにいいだろう。

フィンランドでカフェを開いた日本女性の淡い日常を描いた映画『かもめ食堂』には,主人公の他にも,世界を放浪する日本女性達が登場する。そのうちの1人は,目を閉じて地図を指したらヘルシンキだったのでやってきたという。それも一興だが,この特集を読んだ後では,ヴィーナスを訪ね歩く旅に出てみたい。(『かもめ食堂』の主人公のように,1億円の宝くじが当たればの話)

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小特集「パリの個人美術館へ行こう」(いしいしんじ)では,藤田嗣治の室内画の世界にそのまま通じる彼の旧居に関心を覚えた。4月6日まで世田谷美術館で開催中の「イリヤ・カバコフ『世界図鑑』-絵本と原画-」の記事も掲載されている。

2008年03月31日

◆イメージのポルカ

明日から新年度。桜が満開の大学キャンパスを,新入生らしい学生と父兄が散策していた。

ロシアや東欧の文化を知らない新入生も,こんな本を手に取ったら,スラヴ世界に関心を抱くかもしれない。

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『イメージのポルカ  スラヴの視覚芸術』 (近藤昌夫,渡辺聡子,角伸明,大平美智代,加藤純子著,成文社)は,スラヴの宗教芸術,美術,アニメーションなどを扱った「オムニバス講義」形式の書籍で,6つの講義から成っている。「講義」の内容は以下の通り。
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まえがき──スラヴというヨーロッパ、そして視覚芸術│近藤昌夫
第1講 教会とイコン│渡辺聡子
第2講 シャガールはなぜ七本指なのか?──東方ユダヤ史から見たマルク・シャガール│角伸明
第3講 カンディンスキーのモスクワ│近藤昌夫
第4講 ロシアとチェコのアニメーション│大平美智代
第5講 人形劇と東西スラヴ世界│近藤昌夫
第6講 ヴィジュアル文化と音楽(伝達と利用の可能性)│加藤純子

2008年03月09日

◆わたしいまめまいしたわ 現代美術にみる自己と他者

先日,企画展<わたしいまめまいしたわ 現代美術にみる自己と他者>を見に東京国立近代美術館へ行った。高松次郎,草間彌生,澤田知子,宮島達男,岡崎乾二郎,フランシス・ベーコンらの作品を集め,アイデンティティの追求や自分と他者の関係について考えるというコンセプトで構成されている。

死者を追悼しながらゆるやかに姿勢を変える5人の姿を写しとったビル・ヴィオラのヴィデオ・インスタレーション《追憶の五重奏》(2000)は,緩慢な時間の流れが喪失感を癒していく,あるいは,時が癒しをもたらさなくても記憶するために生きることができるという希望のようなものを湛えている。

喪の空気は,樹を見上げた時の空間をモノクロームで描いた日高理恵子《樹を見上げてVII》(1993)にもあった。遠目には写真に見えるほど写実的でありながら,近づくと絵であることが分かる日高の作品は,木を見るという行為を客観視させ,木を見上げる時の自分の姿も他者として俯瞰させる。せわしい生活のなかで身近な木をわざわざ見上げるのが,追悼の時であるとしたら,地上に足を踏みしめて黒い枝越しに光の空を見上げるのは,弔いの先にある名づけようのない世界に目をこらす行為に似ている。

2008年02月11日

◆イリヤ・カバコフ『世界図鑑』絵本と原画

小雪の舞った2月9日,「イリヤ・カバコフ『世界図鑑』絵本と原画」展の初日のため,世田谷美術館へ行く。展覧会開催にあわせ,雑誌『Dear』3月号(2月12日発売)に,カバコフ展の短い紹介を書いた。

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ソ連時代,生計を立てるために100冊余りの絵本の挿絵を手がけたカバコフ。作家の長年の「絵本体験」は,その後の創作にも様々なレベルで受けつがれた。たとえば,ミュンスター(ドイツ)に設置された彫刻<空を見上げて>は,草の上に寝そべった観客が空を背景にして文字を読むという「自然の中の絵本」の形式である。「いとしい人よ,草に寝ころんで,空を見上げよう……」というテクストを読んで実行した観客は,自分自身も「絵本」の登場人物に変身する。緑にかこまれた平和なひとときを堪能させる作品だが,彫刻の上に広がる空は,戦場で倒れた兵士がふと空を見上げて世界の雄大さに気づくというトルストイの『戦争と平和』の有名なエピソードを想起させる。
 
カバコフのこのアンテナは,10年に1度開催されるミュンスター彫刻プロジェクトの参加作品として制作された。この野外彫刻プロジェクトでは,作家たちは2年前から現地を訪問して,ミュンスターのどの場所にどんな作品を設置するかを企画し,場と作品の共生,生活とアートの関係を模索する。

2007年夏に行った第4回ミュンスター彫刻プロジェクトでは,作品と場との関係,そして観客との関係を観察するのが,予想以上に刺激的だった。会期中のミュンスターは,様々なストーリーが同時多発的に起こる巨大な絵本のような空間であり,観客は皆,登場人物である。私が演じたのは,町から一番遠いパヴェウ・アルトハメルの作品の近くでレンタサイクルをパンクさせ,川沿いの道を延々と歩くという役回りだったのだが……。

写真:イリヤ・カバコフ <空を見上げて> 1997 (2007年撮影)

2008年02月08日

◆ウラジーミル・ナセトキン

2007年12月20日から2008年1月21日まで,モスクワのクローキン・ギャラリーで,ウラジーミル・ナセトキンの個展<障壁>が開催された。しばらくモスクワにはご無沙汰で,残念ながらこの展覧会も見られなかったが,新年に作家が展覧会の写真資料を送ってくれた。

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ナセトキンは,この数年,ロシア・アヴァンギャルドへのオマージュでもある幾何学的なコンポジションを,ドローイング,砂絵,油彩,インスタレーションなど様々なジャンルで制作してきた。ナセトキンの創作の魅力は,種(しゅ)の進化にも似た,作風のゆるやかな変化と連続性にある。その創作は,同じく,油彩,タペストリー,陶器と,次々に素材を変えて制作してきたグリーシャ・ブルスキンと比べることもできるだろう。ブルスキンの作品が,初期に作りあげたソ連,ユダヤという表象をその後ほとんど変化させず,素材のみを変えることによって,素材との戯れ,素材が持つ歴史性の再考という側面を強く持つようになったのに対し,ナセトキンの場合は,作品ごとに,幾何学的なコンポジションに対する意味付けにも変化が生じている。

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1954年ウラル生まれのナセトキンは,ほぼ同世代のレオニート・チシコフ,アレクサンドル・ポノマリョフ,妻のタチヤナ・バダニナらを率いて,チベットやバイカル湖に出かけ,旅先で制作や現地の作家との交流を行う合同アーティスト・イン・レジデンスの企画を進めてきた。

今回の展覧会も,2000年に作家達とチベットの仏教寺院を訪れた時の体験に根ざしている。仏教寺院を訪れはしたが,そこにある黄金の仏像,壁絵,幻想的なインスタレーションを成している仏具や,聖なる知識は,ナセトキンらにとって隠されたものであり,到達しがたいものだったという。ナセトキンらの行く手を阻んだのは,「未知の言語,高山病,寺院に至るまでの何1000キロの距離だけでなく,聖なる美と私たちのあいだに無粋に立ちはだかる素朴な木の柵」だった。

本展で,ナセトキンが絵画や版画の前に置いた木の柵ならぬ「障壁」は,作家の言葉によれば,それ自体が作品であるとともに,「新しい幾何学的空間の概念の探求」,「創造的エネルギーの蓄積の場」でもある。作家が「未来の彫刻」の原型であると語るこの「障壁」は,次はどのような進化をたどるのだろうか。

Photo: Courtesy of artist

Vladimir Nasedkinによるロシア語テクストはこちら