2010年07月12日

◆禁じられた芸術

7月12日、モスクワの裁判所で、サハロフ博物館元館長ユーリ-・サモドゥーロフと、トレチャコフ美術館新芸術部門前部長アンドレイ・エロフェーエフに対する判決が言い渡された。かれらは2007年に、ロシア各地の美術館で展示を拒否された作品を中心に構成した美術展「禁じられた芸術2006」を開催したが、そのなかに、キリストの顔をミッキーマウスなどで置き換えた作品が含まれていたために、正教信者の団体に訴訟を起こされた。

ロシアでは、こうした理由で裁判になるケースが近年後を絶たない。今回も、二人とも「嫌悪と宗教的反目をかきたてた罪」を咎められて有罪(罰金刑)となった。展覧会に出展されていた作品が、宗教を侮辱する目的で制作されたのではなく、宗教の影響力や社会性を問うための作品であるという当然の反論が、現代のロシアでは通じなくなってきている。

イリヤ・カバコフ、エリク・ブラートフ、オスカル・ラビンら、ソ連時代に非公式芸術家として活動していた作家たちは、被告を支持する公開書簡を発表し、この裁判はソ連の検閲社会への退行だと述べた。来年はソ連崩壊20年。文化をめぐる状況は、今後どのように変わっていくのか。

2010年07月08日

◆野菜のうた

厳密な締切があるわけではないので、つい先延ばしにしてしまう不定期な連載の原稿を書き終える。外国人の目から見たロシアやロシア人についてロシア語で書くという趣旨の連載で、今回は、ダーチャ(別荘)を扱ってみた。

ロシア人は、親しくなるとすぐにダーチャに誘ってくれるが、なかには、ダーチャから花や野菜、手作りの蜂蜜やジャムを持ってきてくれる友人もいた。私がカバチョーク(ズッキーニに似た野菜)を好きなことを知った友人たちが、ダーチャの畑で育てたカバチョークを次々に持ってきてくれ、部屋が陽気なカバチョークで埋まった時のことを思いだした。ちょうど、1880年生まれのアルメニアの画家マルチロス・サリヤンが描いた美しい実りの光景のように。

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マルチロス・サリヤン 「果物と野菜――静物画」(1933)

2010年06月25日

◆「伊藤若冲 アナザーワールド」展

夏至が過ぎ、日々、さまざまな夏らしい風情を感じられる今日この頃。

夏至の翌日の夕方は、光と影の陰影があざやかで、近所の公園も、鳥も砂も蟻も、南国を思わせる橙色の光を浴びていた。その翌日の水曜は大雨で、緑の濃さが旅情を誘った。

木曜は、朝からの猛暑。遠方から千葉大の文学部公開レクチャーにお越しくださったゲストを、講義の後で千葉市美術館に御案内する。千葉市美術館は、浮世絵の展示と研究で知られ、モスクワの東洋美術館等の研究者のあいだでも評判が高い。

現在公開中の「伊藤若冲 アナザーワールド」展は、伊藤若冲(1716-1800)の水墨の作品を中心に、関連する着色の作品を含めて全165点を展示している。

極彩色のニルヴァーナを描いた「樹花鳥獣図屏風」、摩訶不思議な瞳の白象と鯨を配置した「象と鯨図屏風」などの大作もさることながら、野菜や芭蕉の葉をクローズアップした水墨画ののびやかさに、しばし開放感を覚える。

同美術館で、8月21日から9月26日まで、田中一村の展覧会があることを知る。時間がある限り、通いつめるだろう。

2010年06月13日

◆ノルシュテイン&ヤールブソワ展

神奈川県立近代美術館葉山館で、「話の話 ロシア・アニメーションの巨匠 ノルシュテイン&ヤールブソワ展」を見る。本当はオープニングに行きたかったが、休業明けの4、5月は、まるでトランプを繰る時のような規則正しさで、自分と子供が交互に体調を崩しつづけ、なかなか葉山まで出かけられなかった。

児童文学作家コズロフの原作をもとに森のハリネズミの冒険を描いた叙情的な「霧の中のハリネズミ」(1975)、川本喜八郎の企画によって日本と世界のアニメーション作家35名が松尾芭蕉の連句を映像化した「冬の日」(2003)など、ノルシュテイン作品のエスキースや絵画がリズム良く並べられ、映画が生まれるまでの創造的な緊張感と作家の心の動きを感じとることができる。

なかでも、第二次世界大戦期のソ連を舞台にした「話の話」(1979)には、戦争孤児の象徴のようなあどけない目の灰色オオカミの仔が、廃屋へ迷いこんで幸福な家庭の団欒の幻想に包まれる場面があるが、1976年にヤールブソワが描いたその古い家のデッサンには、作家の渦巻く思いが封じこまれているようで、目を離すことができない。ヤールブソワが同作品に寄せて描いた「マーリナ・ローシャの燃える道」(2005)も、それだけで一編の戯曲であるかのように、時間と空間を抱えこんでいる。

ゴーゴリの小説にもとづく制作途中のアニメーション「外套」の一連のエスキースの暗さと幽玄性も魅力である。遙かな闇に包まれたペテルブルク! 今後、美術におけるペテルブルクの表象を語る際には、ドブジンスキーやオストロウーモワ=レーベジェワの作品と並んで、その100年後の稀有な例として、この「外套」に言及せざるを得ないように思われる。

同展はこの後、高知、福岡、栃木を回る。葉山では6月27日まで。

2010年05月11日

◆飛行機を追って

庭園美術館で開催中の「ロトチェンコ・ステパーノワ展」では、ロトチェンコが航空会社のポスターをデザインしたことにちなみ、飛行機模様がプリントされた服装で来館すると、展覧会観覧料が割引になる。自宅に送られてきた展覧会のチラシを初めて見た時、自分の服はともかく、そもそも飛行機の模様がついた服なんて最近見たことがあっただろうかと思ったが、ちょうど、その時抱いていた1歳の息子の上着に、小さな飛行機の絵がついていた。

展覧会場を共に訪れた知人が、ウィリアム・フォークナーが飛行機好きだったこと、飛行機にまつわる彼の作品や挿話について語ってくれた。科学と美術の出会いをめざしたロトチェンコも、最先端の科学のシンボルだった飛行機にまつわるポスターや空港装飾のデザインに没頭し、何種類も下絵を描いて、空への憧れにふけったという。

ロトチェンコ展を含めて、最近、飛行機にまつわる場所を4つ訪れた。
調布飛行場のプロペラ・カフェ
千葉市の海岸にある稲毛民間航空記念館
成田空港に隣接する航空科学博物館
平日は保育園ですごしている乗り物好きの息子を楽しませるために、休日に各所をまわったが、初期の飛行機の模型の美しさに、フォークナーやロトチェンコの熱狂が偲ばれた。

2010年05月10日

◆ロトチェンコ+ステパーノワ展

アートやデザインは、生活や人々の意識をどのように変えうるのか。人はデザインに何を求めるのか。美術作品は、美術館や保管庫から飛びだして、わたしたちの人生とどのようにかかわってくるのか。

東京都庭園美術館で開催中の「ロトチェンコ+ステパーノワ ロシア構成主義のまなざし」展は、こうした普遍的なアートとデザインの問題に、1920年代ロシアの二人の芸術家のケースをつうじて、真っ向からとりくんでいる。絵画からデザインへ、写真、ポスター、装丁へと、さまざまなジャンルを駆け抜けたロトチェンコの全貌を振りかえることができる貴重な展示である。

アヴァンギャルドの旗手として出発し、ユートピア的な未来都市や飛行場をデザインしながらも、やがて、ソ連的なモチーフ--スポーツマン、パレード、収容所の多数の囚人が工事現場で命を落とした白海バルト海運河建設などの国策事業--の写真を撮ることを余儀なくされたロトチェンコ。

カタログに収められた亀山郁夫氏のエッセー「「でも、私には出口がない」--ウラジーミル・マヤコフスキーとロシア・アヴァンギャルドの悲劇」を読めば、<ソ連における芸術家の運命>という本展のアンチユートピア的なテーマが、いっそうあざやかに浮かびあがってくる。

2010年04月22日

◆ジョゼフ・コーネル×高橋睦郎

川村記念美術館で「ジョゼフ・コーネル×高橋睦郎 箱宇宙を讃えて」展を見る。

1903年にニューヨーク郊外に生まれ、家計を支えるために17歳で布地のセールスマンとして働きはじめたコーネルは、20代の終わりから、コラージュやオブジェを作りはじめ、33歳からは木箱にお気に入りの物を詰めこんだ作品を制作した。

暗室のような小さな展示室で、ライトをあてられたコーネルの全16点の作品と、それに寄せた高橋睦郎の詩だけが星となって浮かびあがるという意向の本展では、観客も夜空の旅人となる。

展示室の暗闇は、コーネルが晩年までひっそりと暮らした、ニューヨーク郊外の小さな家の地下室のアトリエにつながっている。

2010年04月03日

◆ミヤマガラスが飛んできた

ロシア語の教科書の会話文のストーリーを考えていて、ふと、アレクセイ・サヴラーソフやイサアク・レヴィタンなど、ロシアの古典的な名画の世界が懐かしくなる。
たとえば、こんな寒い春の日にふさわしいのは、ロシアへの留学中、不思議なほど心惹かれたサヴラーソフの「ミヤマガラスが飛んできた」(1871)。ロシアでは、ミヤマガラスは春の訪れを告げる鳥。

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サヴラーソフには、「冬の風景」(1880)という、あまりにもロシア的な作品もある。まだ見たことのない、サマーラ美術館所蔵のこの作品を、なぜか急に見に行きたくなる。

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