◆Facebook0531
台湾とロシアの友人に誘われて、世界で最も規模の大きいSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)だというFacebookを先月始めた。
おかげで、もう二度と連絡がとれないだろうと思っていた知人たちと「再会」でき、かれらが相変わらず世界中を放浪していたり、あるいは母親になっているのを知った。
5年ほど前にモスクワで会ったアメリカ人の青年の消息も分かった。
ドストエフスキーの小説の登場人物のように浮世離れした彼とは、詩の朗読会場で知り合った。
『カラマーゾフの兄弟』のアリョーシャや、『白痴』のムィシキン公爵を思わせる目をしたその細面の青年は、大学でロシア文学を学んだあと、東欧出張が多い仕事を探してスポーツ用品のセールスマンになり、ロシアにザイルを売りに来ていたが、スラヴ世界と他の地域の交流促進と、全世界の失業者救済とを目的にした不思議な会社を作ることを夢見ていた。
私と友人たちは、瞬時にかれの世界に魅了され、いつかそんなユートピア的な会社で皆で働けることを願った。
だが、Facebookはもっぱら仕事のために便利なように思う。
ゆるやかなつながりを保っていたいロシアの研究者やアーティスト、ギャラリー、若手詩人に、最近の作品について尋ねたり、ギャラリーから定期的に美術展の情報が送られてきたり。インターネットで行き交うのは情報だけで、実際に見たり会うことなしに、あるいは図書館や美術館に行くことなしにはなにもできないが、今は身軽にロシアに行ける状況ではないので助かることもある。
プライヴァシーの問題や、一種の「中毒症状」がメディアでも取り上げられ、5月31日にみんなでFacebookを止めようというキャンペーンも進行中だが、来週の当日、インターネットの世界で何かが起こるだろうか。
