2010年05月29日

◆Facebook0531

台湾とロシアの友人に誘われて、世界で最も規模の大きいSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)だというFacebookを先月始めた。

おかげで、もう二度と連絡がとれないだろうと思っていた知人たちと「再会」でき、かれらが相変わらず世界中を放浪していたり、あるいは母親になっているのを知った。

5年ほど前にモスクワで会ったアメリカ人の青年の消息も分かった。
ドストエフスキーの小説の登場人物のように浮世離れした彼とは、詩の朗読会場で知り合った。
『カラマーゾフの兄弟』のアリョーシャや、『白痴』のムィシキン公爵を思わせる目をしたその細面の青年は、大学でロシア文学を学んだあと、東欧出張が多い仕事を探してスポーツ用品のセールスマンになり、ロシアにザイルを売りに来ていたが、スラヴ世界と他の地域の交流促進と、全世界の失業者救済とを目的にした不思議な会社を作ることを夢見ていた。
私と友人たちは、瞬時にかれの世界に魅了され、いつかそんなユートピア的な会社で皆で働けることを願った。

だが、Facebookはもっぱら仕事のために便利なように思う。
ゆるやかなつながりを保っていたいロシアの研究者やアーティスト、ギャラリー、若手詩人に、最近の作品について尋ねたり、ギャラリーから定期的に美術展の情報が送られてきたり。インターネットで行き交うのは情報だけで、実際に見たり会うことなしに、あるいは図書館や美術館に行くことなしにはなにもできないが、今は身軽にロシアに行ける状況ではないので助かることもある。

プライヴァシーの問題や、一種の「中毒症状」がメディアでも取り上げられ、5月31日にみんなでFacebookを止めようというキャンペーンも進行中だが、来週の当日、インターネットの世界で何かが起こるだろうか。

2010年05月26日

◆「イタリア賞」

北海道大学スラブ研究センターのホームページに、前田しほさんの興味深いモスクワ滞在報告が寄せられている。
第1回目の今回は、イタリア賞と詩人イワン・ヴォルコフについて。
PDFファイルはこちら

2010年05月20日

◆『古代への情熱』

授業でとりあげている文献で、ハインリヒ・シュリーマンの『古代への情熱』が言及されていたので、今さらながらにこの「名著」を読む。

1846年にアムステルダムの商会の代理人としてペテルブルクに派遣されたシュリーマンは、インド藍などの貿易によってロシアで莫大な財産を築き、引退後、その資金をもとに発掘に専念して、1871年にトロヤを発見する。

数年前、モスクワで、シュリーマンの発見した遺物の展覧会を見た際、この発見もロシアのおかげで実現できたのだと、年配の学芸員が語っていたのが印象に残っている。ロシアで書かれたシュリーマンの伝記を読んでみるのも、きっと興味深いだろう。

数々の虚構、虚言で満ちているともいわれる本書だが、プロイセンの小村アンケルスハーゲンで送った幼年時代の物語は、ヨーロッパ文学の香りがして、ふとシュティフターの『水晶』を思いだしたりもする。

とはいえ、シュリーマンの功績をあからさまに書きたてるあくの強さゆえに、読み進めるうちに疲れを感じるのもたしかで、「理想的な偉人伝」のあり方について考えさせる。

2010年05月17日

◆新人文学通報

国立ロシア人文大学の雑誌『新人文学通報』(Novyj filologicheskij vestnik)の2009年第3号がようやく刊行された。
昨秋投稿した、カバコフとユダヤの問題についての拙文が掲載されている。今回の号は、ロシアでお世話になったジーナ・マゴメドワ教授の還暦記念論集。

同誌の最初の6号は人文大のサイトでも公開されている。

2010年05月11日

◆飛行機を追って

庭園美術館で開催中の「ロトチェンコ・ステパーノワ展」では、ロトチェンコが航空会社のポスターをデザインしたことにちなみ、飛行機模様がプリントされた服装で来館すると、展覧会観覧料が割引になる。自宅に送られてきた展覧会のチラシを初めて見た時、自分の服はともかく、そもそも飛行機の模様がついた服なんて最近見たことがあっただろうかと思ったが、ちょうど、その時抱いていた1歳の息子の上着に、小さな飛行機の絵がついていた。

展覧会場を共に訪れた知人が、ウィリアム・フォークナーが飛行機好きだったこと、飛行機にまつわる彼の作品や挿話について語ってくれた。科学と美術の出会いをめざしたロトチェンコも、最先端の科学のシンボルだった飛行機にまつわるポスターや空港装飾のデザインに没頭し、何種類も下絵を描いて、空への憧れにふけったという。

ロトチェンコ展を含めて、最近、飛行機にまつわる場所を4つ訪れた。
調布飛行場のプロペラ・カフェ
千葉市の海岸にある稲毛民間航空記念館
成田空港に隣接する航空科学博物館
平日は保育園ですごしている乗り物好きの息子を楽しませるために、休日に各所をまわったが、初期の飛行機の模型の美しさに、フォークナーやロトチェンコの熱狂が偲ばれた。

2010年05月10日

◆ロトチェンコ+ステパーノワ展

アートやデザインは、生活や人々の意識をどのように変えうるのか。人はデザインに何を求めるのか。美術作品は、美術館や保管庫から飛びだして、わたしたちの人生とどのようにかかわってくるのか。

東京都庭園美術館で開催中の「ロトチェンコ+ステパーノワ ロシア構成主義のまなざし」展は、こうした普遍的なアートとデザインの問題に、1920年代ロシアの二人の芸術家のケースをつうじて、真っ向からとりくんでいる。絵画からデザインへ、写真、ポスター、装丁へと、さまざまなジャンルを駆け抜けたロトチェンコの全貌を振りかえることができる貴重な展示である。

アヴァンギャルドの旗手として出発し、ユートピア的な未来都市や飛行場をデザインしながらも、やがて、ソ連的なモチーフ--スポーツマン、パレード、収容所の多数の囚人が工事現場で命を落とした白海バルト海運河建設などの国策事業--の写真を撮ることを余儀なくされたロトチェンコ。

カタログに収められた亀山郁夫氏のエッセー「「でも、私には出口がない」--ウラジーミル・マヤコフスキーとロシア・アヴァンギャルドの悲劇」を読めば、<ソ連における芸術家の運命>という本展のアンチユートピア的なテーマが、いっそうあざやかに浮かびあがってくる。

2010年05月08日

◆フセヴォロト・ネクラーソフ

ロシアの現代詩人フセヴォロト・ネクラーソフが亡くなって、もうすぐ1年
彼の詩を数編訳してみる。


雲が流れていく
そこから
どこからか
そこへ
どこかへと
流れていく

雲が流れていく
奇跡を
目にしながら

そしてわたしも
そこへ行きたい

* * *

どこへ
どこから

そう
どこへ というなら
どこへ行くのかは ぼくは知ってる

でも どこから となると
どこから来たかなんて どこから分かるのか

いや違う
どこからっていうのは
どこからか 分かるけど

でも どこへ となると
どこへ行くかなんて どこから分かるというのか

* * *

同時代の詩人ミハイル・アイゼンベルクによれば、技巧性を感じさせないこの自然さこそが、ネクラーソフの高度な詩的言語の賜物だという。
アイゼンベルクは、ネクラーソフの詩は「呼吸」であると語る――「おそらく、時間も、こんなふうに深く息をすることだろう。いままでロシアの詩に、こんなに無重量なものがあっただろうか? これほど呼吸に近いものが? おそらくなかっただろう。これはわたしたちの最近の現象なのである。息をしているとは、つまり、生きているということだ」。

ネクラーソフは、「ソ連的な文学とはできるだけ無縁な言葉」を求めて、50年代に、検閲が比較的ゆるやかだった児童詩を書きはじめた詩人であり、かれの詩の多くは子供を対象としている。   
また、大人のために書いた前衛詩であっても、自然で飾り気のないネクラーソフの詩は、幼児の新鮮な驚きの世界につうじている。

ネクラーソフは、2009年5月15日に75歳で帰らぬ人となった。死の前年には、1958年から2008年までの約200編の詩を収めた美しい小詩集『子供の出来事』が出版された。
「どこへ行くかなんて どこから分かるというのか」と歌ったネクラーソフ。かれはいま、どこかで幸福な子供時代の夢を見ているだろうか。

2010年05月04日

◆亡命者宛ての小包

二ヶ月ぶりにBBC.Russianのロシア語ブログを更新する。タイトルは「亡命者宛の小包」

最近、モスクワに住むロシア系ユダヤ人の友人が語ってくれた話について。
彼女の父親が、40年間会っていない従姉の行方を探すことになった時、とっくに外国へ移住しただろうと思いこみ、カナダやアメリカ、イスラエルを探しまわったが、どこにも見つからなかった。だが2年後にふと思い立って調べてみたら、モスクワの元の家にまだ住んでいたという。ロシア系ユダヤ人にとって、どれほど移住が日常的な事柄だったかが分かるというものだ。

モスクワの郵便局では、老人が、おそらくは孫に読ませるために、大量のロシアの絵本を海外に小包で発送している光景を時々見かけた。
先日、ロシア文学者のイタリア人の友人が、エルサレムの図書館でロシア系ユダヤ人作家の資料を収集した数ヶ月のあいだ、ロシアから移住してきたユダヤ人の老人の家に間借りした。その老人も、アメリカに住む孫がロシア語を忘れないようにと、時々ロシアの絵本を送っていた。
そこで友人は、私が以前彼女にプレゼントしたロシア絵本――日本で復刻されたロシア・アヴァンギャルドの絵本――を、老人のためにもう一組贈ってくれるように頼んだ。

私が送った本は、千葉からナポリへ届き、そこからエルサレムを回ってアメリカに渡った。面白いのは、送った本の中に、世界中を旅する郵便の冒険を描いたサムイル・マルシャークの『郵便』があったことだ。絵本の物語と同じように、本自体も世界を一周する旅を体験したのだ。