◆ウラジーミル・ゲルツィクの俳句
新年度の最初の一週間、授業の準備や教務の仕事、保育園の送り迎えの合間に、1946年生まれの詩人ウラジーミル・ゲルツィクの俳句を読み、数編を訳す。
物理学者として研究所で働きながら、60年代から詩を書きつづけてきたゲルツィクは、ロシアの著名な日本文学翻訳家のヴェーラ・マルコワの翻訳で芭蕉に出会い、近年では禅と禅文化の熱狂的な信奉者となって、千以上の俳句を書いてきた。
遅々として訪れない悟りへの憧れを詠んだのか、「枝の向こうには 見通しのきかない深い蒼」という、どこか種田山頭火を思わせる句もあれば、「芽はいまだ膨らまず 空気はあたかも緑色」という、季節のひそやかな移り変わりを捉えた叙情的な句もある。「大地に触れもせで 雪のかけらはゆっくり東へ飛んでいく」という句は、東洋の文化に魅入られ、その世界のなかで生きているゲルツィクの魂を詠んだ句にも思える。
ゲルツィクとはじめて出会ったのは、1999年の冬だった。モスクワのはずれのアカデミーチェスカヤ駅に降り立ち、都心とはちがい雪かきされずにスケートリンクのようになった複雑な道を歩いて、地元の小さな公立図書館を訪れた夜のことだ。
今はアメリカに移住したロシア文化研究者のミハイル・エプシュテインが,この図書館の一室を借りて文学会「イメージと思索」を始めた1986年以来、今にいたるまで、ここでは数々の詩の朗読会がひらかれてきた。そして朗読会が終わると、図書館のすぐそばにあるゲルツィクの家に時々集まっては、文学や美術について語りあうというのが、常連たちの習慣らしかった。
アパートの薄暗い踊り場をとおって、ゲルツィクのアパートに一歩足をふみいれると、そこは東洋の空間だった。まるで中国の観光地の土産物屋のように、壁一面が東洋の書画骨董でうめつくされた彼のアパートは、しかし、すべての物があるべき場所に収まっているという感じで、不思議な調和に満ちていた。部屋全体がかれの作品だといってもよかった。
モスクワの一角にこんな部屋があることにたいする驚きは、詩人の俳句を見せてもらった時に、別の驚きに変わった。絵と俳句を組みあわせた、山水画にも似たゲルツィクの作品は、彼の部屋と同様に、東洋の洗礼を受けた個性的なヴィジュアル・ポエトリーをかたちづくっていた。
ゲルツィクの俳句は彼のサイトでも紹介されている。
