4月10日のブログでとりあげた詩人ウラジーミル・ゲルツィクの、中国や日本の書画骨董であふれたアパートは、ある映画の舞台に似ていた。
1970年代からアニメーション作家として活躍してきたニーナ・ショーリナ監督が、1999年に制作した最初の実写映画『東洋語からの翻訳』のヒロインの自宅である。
ショーリナの実験的な映画のヒロインは、日本古典文学の翻訳家である中年のロシア人女性で、東洋の文物で埋めつくされた薄暗い自宅にこもり、周囲の世界と完全に断絶して、日本詩歌の世界に生きている。夫は夫で、ドイツ音楽の世界に埋没し、二人はほとんど言葉さえかわさない。かれらは、ロシアから一歩も出ないまま、精神的な「内的亡命」を経て、いわば別世界に暮らしている。
屋外のショットはほぼすべてモノクロで、自宅だけがカラーで映されるのも、家の内部がかれらにとって意味をもつ唯一の世界であるからだ。映画の最後に、妻の手から蝶が飛びたっていく儚げな場面があるが、それは、現実から浮遊して生きる彼女のメタファーのようでもあれば、生きた屍のような日々を送る彼女の「魂の喪失」を意味しているようでもある。
いずれにせよ、晴れた日の雪のように明るいゲルツィクの俳句やアパートとは違い、映画のなかの「内的亡命」の世界には、底無しの寂寥感があった。
この映画を撮影するにあたって、ショーリナは、『源氏物語』をロシア語に全訳した日本文学者のタチヤナ・デリューシナに取材を行ったが、映画のストーリーは完全なフィクションである。
とはいえ、ロシアやリトアニアで日本美術に没頭している40、50代の女性の学芸員に会うと、ふとこの映画を思いだし、ソ連時代に彼女たちがなにを求めて遠い日本の古い美術を専攻したのか、想像をかきたてられた。
たとえば、この映画の試写会の日に誘ってくれた50代の友人は、生涯独身を守って、年老いた母親とアパートで暮らしながら、日本美術の研究に身を捧げていた。彼女は自分が勤める美術館のお茶の時間にしばしば招いてくれたが、浮世絵に書かれた文字を指でなぞりながら解読しているとき、あるいは、日本美術の展覧会の基調色に、日本で高貴な色とされていた紫を使うことにしたと嬉しそうに話すとき、彼女はいつも明るく幸せそうだった。
それだけに、彼女と同じように東洋に魅せられたヒロインの生活を、薄暗い室内を中心にどこか寂しげに描いたこの映画が、彼女の心を傷つけるのではないかと、映画の上映中もとなりの様子が気がかりでならなかった。
でもそれは杞憂だったようで、映画が終わったとき、彼女は、同志を見つけたとでもいうような晴れ晴れとした顔をしていた。彼女の目には、荒涼とした空間のなかに潜んでいる幸福が見えているようだった。