« 飛ぶ夢 | メイン | ベールイ博物館 »

2010年02月20日

◆記念碑

「世界中の好きな場所に好きな記念碑をひとつだけ建てられるとしたら、どこに何を造りますか?」という書き出しで始まるロシア語の記事を書き、編集者に送る。

プーシキンなら、私は自分の不滅の詩によって、記念碑を建てたというだろう。

日本贔屓の詩人ウラジーミル・ゲルツィクは、私の質問に答えて、「ぼくはもうこんな記念碑を建てたよ」と、まさに「記念碑」というタイトルの詩のリンクを送ってくれた。プーシキンの有名な詩のパロディで、

私は自分の記念碑を建てた。詩人の気まぐれだ
私は自分の記念碑を建てた。それが今流行だから。
私は自分の記念碑を建てた。そうする必要があった……

という具合に延々と続いていく。(ロシア語原文のリンクはこちら

私なら、作家アンドレイ・ベールイが苦い晩年を過ごしたクチノの森の奥の、わざわざ訪ねていかなければ誰の目にも触れない場所に、作家の胸像を置きたい。 彼が幼年時代を過ごした華やかなアルバート通りにではなく。

記念碑はしばしば、人々の悲しみや苛立ちを招き、諍いを引き起こすものでもあるから、願わくは、その記念碑に「会いたい」と思ってその場を訪れる人の目にだけ触れるような、そんな人知れぬ場所に記念碑を立てたいものだ。あらゆる政治的な、あるいは醜い記念碑へのアンチテーゼとして。