2010年02月28日

◆わたしと小鳥とすずと

数日前,寒さがゆるんだので夕方の散歩に出かけると,1歳になる息子が空を指さしている。そこには白い月が浮かんでいた。暗くなってから散歩に出ることなど珍しいので,生まれてから1年,子供が初めて月を見たらしいことに気づく。

0歳の終わりごろから,子供はよく指さすようになる。昨年の暮れだったか,晴れた冬の公園で,息子がじっと空を指すのでその先を見ると,大木の頂でたくさんの小鳥が舞っては止まりながらさえずっていた。

子供は,鳥と不思議な関係で結ばれているような気がする。息子は文字通り生まれたばかりのころ,鳥の声が聞こえてくると,いつも,そのさえずりとそっくりな声を出して答えたものだった。1,2週間すると,その不思議な応答をぱったり止めてしまった。まるで,生まれてくる前にいた天の記憶を失ってしまったとでもいうかのように。そう感じたのは,誕生前の体験を乳児とムクドリが語りあうエピソードが懐かしい『メアリー・ポピンズ』の影響だろうか。

新生児の時だけの神秘的な反応を息子が早々に失ってしまうのは寂しいことでもあったが,鳥とあまりに近い存在であることは,どうしても命のはかなさを連想させるので--ある日突然飛び去ってしまうというように--,すこし安堵したことも覚えている。だが,今でも,他の動物よりも鳥に敏感に反応する。

昨年までは見たこともなかった幼児番組で,大正末期から昭和の初めにかけて活動した童謡詩人,金子みすゞの作品を放送していた。26歳で世を去るまで512編の詩を書いたとされるみすゞの作品に,20年以上前に読みふけったことを思い出した。そういえば,金子みすゞの詩は,ロシア語に訳してみたら,また違う魅力で輝くタイプの作品だと思う。以前,ロシアの詩人ミハイル・スホーチンと共に,谷川俊太郎の詩を数編訳したことがある。金子みすゞの詩も,ロシアの詩人の力を借りて簡素で美しい言葉に訳したら,翻訳によって女性的な語りが背後に退き,空想性が前面に押しだされて,案外と,不条理詩で知られるオベリウの詩人たちのようなとびきりの児童詩に仕上がりそうに思える。

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『わたしと小鳥とすずと―金子みすゞ童謡集』
JULA出版局  1984年

2010年02月27日

◆世界で一番孤独なスポーツ

エヴゲーニイ・グリシコヴェツの小説『シャツ』では,30代の男性である主人公とその友人が,「世界でもっとも孤独なスポーツはなにか」という話題に興じる場面がある。

彼らは,それは女子フィギュアスケートだという結論に達する。氷の空間の上で,女性がたった一人で,誰の助けもなく,時には救いを求めるかのように両手を天に差しのべながら滑っていくスポーツだから。

オリンピックの映像を見て,ふとその一節を思い出した。

2010年02月26日

◆日本のゴーギャン 田中一村伝

先日,初めて千葉市花の美術館に出かけ,冬の温室の屋根を突き破るように天へ伸びていく樹木を見て,フセヴォロト・ガルシンの短編小説「アッタレーア・プリンケプス」を思い出した。快適な「牢獄」を逃れて自由を手に入れるために,温室のガラスの天井を痛みをこらえて突き破った棕櫚の木は,やっと覗いた外界の味気なさに失望し,冷気に打たれて枯死してしまう。この小説でガルシンが展開したガラスと鉄でできた「牢獄」のイメージは,アンドレイ・ベールイが精神病院を描いた詩にも受け継がれている。

花の美術館の温室は,熱気のなかで濃厚な花の香りが幾筋もの流れとなって渦巻いているようで,魅力的な小世界だった。南方の珍しい花々を見て,昨年読んだ『日本のゴーギャン 田中一村伝』(南日本新聞社)を想起した。

1908年(明治41年)に栃木県下都賀郡に生まれ,18歳で東京美術学校(現東京芸大)日本画科に入学するも,結核の再発や父の病気でわずか3ヶ月で中退し,赤貧のうちに独学で画業をつづけ,「信じる絵の道に集中」するために50歳で奄美大島に渡った孤高の画家,一村。

「絵は,一年,二年と集中的にかかないといいものはできないんです。途中で売り絵をかくと,緊張が途切れてしまい,元の水準の絵がかけなくなることがあるんです」,「絵かきは,わがまま勝手に描くところに,絵かきの値打ちがあるので,もしお客様の鼻息をうかがって描くようになったときは,それは生活の為の奴隷に転落したものと信じます。勝手気ままに描いたものが,偶然にも見る人の気持ちと一致することも稀にはある。それでよろしいかと思います。その為に絵かきが生活に窮したとしても致し方ないことでしょう。」

そう語って,千葉寺の家を売り払い,退路を断って奄美に移住した一村は,紬工場で働いて生活費を貯めては,創作に没頭するという日々を繰り返す。69歳で心不全で逝去。奄美の植物や鳥を大胆な日本画に昇華させた彼の作品が収められている,奄美大島の田中一村記念美術館をいつかぜひ見に行きたい。

isson.jpg田中一村「アダンの木」昭和48年ごろ

2010年02月24日

◆ブダペストの彫刻公園

記念碑についてのロシア語エッセーがBBC.Russianのサイトに掲載された。

ペテルブルクの「夏の園」のクルィロフの彫像、モスクワの宇宙飛行士ガガーリンの記念碑、モスクワ川に1997年に建てられたピョートル2世の悪評高いモニュメントについて。

ソ連崩壊の際に撤去された社会主義の記念碑は、トレチャコフ美術館新館の脇の空き地に放置され、過去に思いをはせるための詩的な空間を作っていた。だが、ある日突然「名誉回復」されて、台座、プレートを与えられ、花壇と小道のある、いかにも薄っぺらい小公園が作られた。

一方、同じく社会主義時代の記念碑を集めたブダペストの彫刻公園は、ハンガリーにおけるソ連や社会主義時代へのまなざしを知ることのできる場所だ。禁欲的な展示方法で社会主義時代の記念碑を広大な敷地に配置し、歴史から学ぶことを促すこの公園は、政治的な記念碑をどのように保存するべきかというひとつの答えを提示している。

2010年02月23日

◆ゲニスとワルラーモフ

途中で退席しなくてはならないのが残念だったが,国際ワークショップ「ポスト・スターリン時代の文化的想像力」の前半にだけ参加でき,アレクサンドル・ゲニス(評論家)の講演「亡命ロシアの《第3の波》――自由の仮縫い」と,アレクセイ・ワルラーモフ(モスクワ大学教授、作家)の講演「土壌主義者と自由主義者の見たソヴィエト文学の《正当派》と《異端派》」を聞いた。

ゲニスの報告は,1970年代から90年代にかけてロシアの作家や芸術家たちが海外に亡命したことによって生じた「亡命ロシアの第三の波」の文化を,大きなパノラマで描きだすもので,亡命作家の定期刊行物,作品,傾向などについて,革命期の「亡命ロシアの第一の波」や第二次世界大戦期の「第二の波」との比較をまじえながら考察した。

ワルラーモフは,A.トルストイ,ブルガーコフ,プラトーノフという3人の作家に関する膨大な評論の背後にある思想性,政治性をあぶりだした。両者の講演とも,扱ったテーマと時代,研究方法,総括的な報告のスタイルなど,あらゆる面で刺激的を受けた。

2010年02月21日

◆ベールイ博物館

昨日のブログで触れたクチノについて。

アンドレイ・ベールイの原稿や独特の絵画作品を展示するアルバート通りのベールイ博物館は必見で,アルバート界隈に林立するプーシキン博物館やスクリャービン博物館とともにぜひ訪れたい場所だが,モスクワ県のクチノにも,作家の晩年の孤独を偲ばせるささやかな博物館がある。) 

作家にまつわる資料も少なく,快適な二階建ての小さな家屋は,田舎のダーチャ(ロシアの山荘)に来たようでもあるが,各部屋をまわっていると,ベールイと晩年を共にしたクラウジヤ・ブガーエワが回想記に記した当時の生活が甦ってくる。なにより,クチノの寂しい自然が,ベールイの晩年の作品につながっている。

クチノの訪問記はこちら

2010年02月20日

◆記念碑

「世界中の好きな場所に好きな記念碑をひとつだけ建てられるとしたら、どこに何を造りますか?」という書き出しで始まるロシア語の記事を書き、編集者に送る。

プーシキンなら、私は自分の不滅の詩によって、記念碑を建てたというだろう。

日本贔屓の詩人ウラジーミル・ゲルツィクは、私の質問に答えて、「ぼくはもうこんな記念碑を建てたよ」と、まさに「記念碑」というタイトルの詩のリンクを送ってくれた。プーシキンの有名な詩のパロディで、

私は自分の記念碑を建てた。詩人の気まぐれだ
私は自分の記念碑を建てた。それが今流行だから。
私は自分の記念碑を建てた。そうする必要があった……

という具合に延々と続いていく。(ロシア語原文のリンクはこちら

私なら、作家アンドレイ・ベールイが苦い晩年を過ごしたクチノの森の奥の、わざわざ訪ねていかなければ誰の目にも触れない場所に、作家の胸像を置きたい。 彼が幼年時代を過ごした華やかなアルバート通りにではなく。

記念碑はしばしば、人々の悲しみや苛立ちを招き、諍いを引き起こすものでもあるから、願わくは、その記念碑に「会いたい」と思ってその場を訪れる人の目にだけ触れるような、そんな人知れぬ場所に記念碑を立てたいものだ。あらゆる政治的な、あるいは醜い記念碑へのアンチテーゼとして。

2010年02月19日

◆飛ぶ夢

ロシア文学研究者のナタン・タマルチェンコ教授の記念論集に寄せたロシア語の共著論文を、ようやく今週提出。イリヤ・カバコフの「プロジェクト宮殿」の解説のロシア語訳。

カバコフ作品における「宮殿」という概念の文化的コンテクストや、「飛行」というモチーフについて。空飛ぶ恋人たちを描いたマルク・シャガールの絵画、レタトリンという飛行機械を提唱したウラジーミル・タトリン、そして、ユーリー・オレーシャ、アンドレイ・タルコフスキー…… 空飛ぶ夢を描いてきたロシアのSF的な想像力の系譜に、カバコフも連なっている。

angelkabakov.gif「プロジェクト宮殿」より

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