2010年01月29日

◆ウィリアム・ケントリッジ展

先日、東京国立近代美術館で「ウィリアム・ケントリッジ 歩きながら歴史を考える そしてドローイングは動き始めた……」展を見た。1955年に南アフリカ共和国で生まれ、「動くドローイング」とも呼ぶことのできるアニメーション・フィルムを制作してきたケントリッジの、国内初の個展となる。

力強くも幻想的なアニメーションによって、アパルトヘイトの歴史や南アフリカの社会状況を描きだしてきたケントリッジが、これほどまでにロシアの歴史と美術に関心を持ちつづけていたと知って、強烈な印象を受けた。数々の作品にちりばめられた詩人マヤコフスキーへのオマージュ、そして、ショスタコーヴィチのオペラ「鼻」を題材にした最新作「俺は俺ではない、あの馬も俺のではない」(2008)では、ハルムス、タトリンら、アヴァンギャルドの先鋭のイメージと共に、ソ連共産党大会の議事録がコラージュされ、20世紀ロシアの熱く暗いスペクタクルを作りだす。ロシア文化に関心を持つ人にとっても、必見の展覧会だ。

2月14日まで。その後、広島市現代美術館に巡回。

2010年01月25日

◆公開コロキウム 〈冷戦〉構造の中のアート変容

公開コロキウム 〈冷戦〉構造の中のアート変容――20/50/60

主催:科学研究費基盤研究(B)(1)「プロパガンダと芸術――『冷戦期/冷戦後』の〈芸術〉変容」(研究代表者:長田謙一)
共催:首都大学東京 システムデザイン学部 インダストリアルアートコース 芸術学研究室

20年が経とうとしている――2009年11月9日「ベルリンの壁崩壊」、2010年10月3日東西「ドイツ統一」、1991年12月25日ソビエト連邦崩壊。そして50年が経過した―1960年1月19日日米安全保障条約締結。60年も経とうとしている――1949年9月ドイツ連邦共和国・10月ドイツ民主共和国設立。20/50/60――これは、私たちの時代と〈冷戦〉期の距離を測る指標ともいえるこの三つの数字を内にはらんだ2010年の地点から見たとき、アートが20世紀後半の〈冷戦〉構造を経ていかに大きな変容を遂げたかということが鮮やかに浮かび上がってこないであろうか。冷戦期に形成されたスタンダードがグローバル化されたのち、さらに今またその多元化が進行するようにも見えるのである。そのような見通しのもとでは〈冷戦〉期問題は、たんに過ぎ去った過去の問題ではなく、同時に私たちの現代をどのように把握するかという問題であり、そのことはアートにもまた妥当するのではないか。

今回のコロキウムは、このような〈冷戦〉構造下のアートに直接深くかかわる問題を、以下の三つのアスペクトからそれぞれに提起し、議論を深める場としたい。

報告 1 〈東西ドイツ〉美術・デザイン--ベルリンの「壁崩壊」/「東西ドイツ統一」20年の地点から 長田謙一

    2 イリヤ・カバコフと「幸せになるためのプロジェクト」 鴻野わか菜

    3 サイレント・プロパガンダ —アメリカにおける“不都合なアーティスト”ヨーゼフ・ボイス黙殺史の研究— 山本和弘 

 (各報告+ディスカッション 45分ずつ;総合ディスカッション45分)

日時:1月30日(土) 14:00-17:00
場所:首都大学東京 秋葉原サテライト (ダイビル内)
参加無料 予約不要

2010年01月23日

◆本で旅する世界

かねがね愛読しているブログ「怒りの書店員rainyの怒涛の読書ダイアリー」で、『プロジェクト宮殿』の書評が掲載された。

ファンタジーから現代文学、ベストセラーや雑誌まで、ありとあらゆるジャンルの本を、書店に勤める30代の女性の視点から一刀両断して論じる「読書ダイアリー」は、色々な香辛料がピリリと効いてとても刺激的だ。

この「ダイアリー」では、「世界すべての国の文学を国名あいうえお順に読みつくす!」というプロジェクトも進行中で、ア行の国々の旅はすでに終わり、今は「ムウィンド叙事詩」という作品をつうじてコンゴ民主共和国を旅しているところ。下の引用からも分かるように、作品の核心をいつもずばりとつかみ出す胆力に惚れ惚れしてしまう。

「……これまでもイランのロスタムとかキルギスのマナスとかチベットのケサルとかグルジア三銃士とかのいろんな英雄叙事詩を読んできた。……で、今回の「ムウィンド叙事詩」には他とは違う際立った特徴がある。なんとこのお話、大部分が主人公ムウィンドと父との間の、国と神々と動物を巻き込んだ壮大な親子ゲンカとその和解に費やされているのだ!」

「ダイアリー」では、書店の裏話や、現代の日本人と本の関係も、赤裸々に綴られていて、映像化したら、ユニークなブック・レビューの番組にもなりそうだし、雑誌にこんなコラムが掲載されれば書籍離れに歯止めがかかるかも。

2010年01月19日

◆『プロジェクト宮殿』書評

1月17日読売新聞朝刊書評欄に、都甲幸治氏による、イリヤ・カバコフ『プロジェクト宮殿』書評が掲載された。

「日々を生き延びる技術に満ちた本」 、「意外とこれは実用書なのかもしれないと思えてくる」という観点から本書の魅力を評して下さった。本書が書店で、美術や文学の書棚だけでなく、ハウツー本や幸福論のコーナーに並べてもらえれば、本と読者の幸せな出会いがあるかもしれないなどと空想していた訳者としては、望外の喜びの書評だった。

書評のリンクはこちら

2010年01月10日

◆シャガールの未公開作品

BBC.Russian(ロシア語)で、1月8日に、ロンドンのBen Uriギャラリーで、マルク・シャガールの「藤色のアポカリプス・奇想曲」が公開されたという記事を読んだ。この作品は、昨年パリのオークションに出品されるまで存在を知られていなかった。おそらく1945年3月から4月頃に描かれたと推定され、ホロコーストや戦争、妻ベラの死を反映していると考えられる。1938年から45年にかけてシャガールが制作した、ユダヤの伝統的要素を取り入れてキリストを描いた作品群に連なっている。

「藤色のアポカリプス・奇想曲」は、シャガールの他の50点の作品と共に、ロンドンのOsborne Samuelギャラリーで公開される予定。
英語の記事はこちら(Financial Times)。

chagall.jpg
Marc Chagall (1887-1985)
Apocalypse en Lilas, Capriccio 1945/47
Gouache, Lavis et encre de Chine sur papier
Signée en bas à gauche
51.1 x 36 cm

2010年01月09日

◆『通訳ダニエル・シュタイン』

ロシアの現代作家リュドミラ・ウリツカヤの新作『通訳ダニエル・シュタイン』は、ユダヤ人であることを隠したままゲシュタポでナチスの通訳として働き、偽の情報をドイツ軍に与えて数百人のユダヤ人の命を救った同名の主人公の生涯を描いた長編小説である。
ダニエルは、戦後はカトリックの神父となってイスラエルへ渡り、原始的なキリスト教を追求し、ユダヤ教、キリスト教、アラブ世界という、異なる宗教と民族を対話させる「通訳」として、共存の道を実践する。

実在のユダヤ人カトリック神父をモデルにしたこの長篇小説では、フィクションとノンフィクションが混淆し、様々な年代に書かれた日記、手紙、書類がコラージュのように並べられて、ひとつの物語を作りあげている。断片から成る大きな物語というこの小説のあり方は、そのまま、ダニエルにとっての理想のイスラエル像を表しているように思える。それは、日常と聖書の世界が隣り合わせに存在し、決して混じり合うことのないものが個性を失わずに共存する世界である。

キリスト教の本質、民族対立、ホロコースト、イスラエル、社会主義という重いテーマを扱いながらも、古びたセーターを着て冗談を口にしながらどこへでも出かけていく陽気なダニエルをはじめ、人間味あふれる登場人物たちのおかげで、読んでいくうちに気持ちが晴れていくのを覚える。

リュドミラ・ウリツカヤ 『通訳ダニエル・シュタイン(上)(下)』
前田和泉訳
新潮クレスト・ブックス
新潮社、2009年

Sea_of_Galilee_panorama_from_Arbe.jpg
Sea of Galilee
photo:BiblePlaces.com

2010年01月03日

◆BBC.Russian.ブログ

BBC.Russian.comのサイトで、ほぼ毎月1度ロシア語ブログを連載している。
昨年の後半は、以下の記事が掲載された。

6月の「ロシア社会の100の規則と1000の例外」は、ロシア社会の「自由度」とアナーキズムについて。

7月の「バスや地下鉄の人生劇場」では、ロシアのバスや地下鉄で出会った人々、見かけた光景を紹介した。
チェチェン戦争時、深夜のモスクワ郊外のバスで、「この国では戦争が起こっているのに、なぜみんな無関心なのか」と叫んだ老婦人。人気のない夜の地下鉄で、売り物のカラスのぬいぐるみの毛を優しく櫛で梳いていた中年女性。成田発モスクワ行きの飛行機で、美しい妻と愛らしい息子についての自慢話を延々と続けていたのに、じつは離婚寸前であることを最後になって告白したキルギスの男性など……

8月の「ロシアの広さとロシアの狭さ」は、広大な国土がありながら狭い住宅、狭い通路や店舗を作ってしまうロシアの空間感覚について。

9月の「おそるべき大人たち,おそるべき子供たち」では、日本のモンスターペアレンツ、ロシアのニューリッチの子供たちなどを比較した。

10月の「心の鏡としてのロシアの連続テレビドラマ」では、ソ連崩壊後のロシアの連続テレビドラマの傾向が、海外ドラマの輸入期、犯罪物の流行、戦争を主題にした作品の隆盛など、段階的に変化していることについて書いた。

「スキンヘッドのいる生活」は、ロシアで体験した民族差別について。書くべきかずっと迷っていたが、外国人の目から見たロシアをテーマにしたこのコーナーでこの問題について口を噤んでいては意味がないと思い、連載開始後1年経ってようやく発表した。

大晦日に掲載された「〈プロジェクト宮殿〉としてのアパート」は、最近翻訳を出版したカバコフの『プロジェクト宮殿』の紹介と、カバコフの世界を想起させるロシアのアパートについて。

今後も、アルコールの問題、ロシアの別荘(ダーチャ)、芸術表現の自由、休暇の過ごし方など、硬軟あわせたテーマを扱う予定。

2010年01月01日

◆明けましておめでとうございます

新年明けましておめでとうございます
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます

2010年元旦

Зимнее солнышко
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2000年1月に、モスクワ近郊のメーリホヴォで開かれたチェーホフ学会に参加した時、ソ連時代に作られた「休息の家」というとても古い保養施設に泊まりました。老朽化していてお湯も充分に出ず、ベッドも狭くて硬いのですが、昔の雰囲気を残す「保養の家」に泊まるのは嫌いではありません。天井の高い食堂、ゴワゴワしたすりきれた生地のソファーには、昔の人々の夢の跡が残っているような気がします。ソ連時代に作られた教科書や小説で、「休息の家」に行くためのクーポンを配給されて喜ぶ家族のエピソードを読んだことがあるからでしょうか。
昼は学会会場のチェーホフ博物館で、夜は保養所で、イスラエルの研究者や、ロシア、アメリカのチェーホフ学者と交流したのは良い思い出です。保養所のすぐそばには、このカードとちょうど同じような風景が広がっていました。
今年は、モスクワで10月に開かれる学会に向けて準備し、その他の仕事も進めていきたいと思います。