◆12人の怒れる男
遅ればせながら,先日,ニキータ・ミハルコフ監督の『12人の怒れる男』(2007年,ロシア)を見た。その名の通り,シドニー・ルメット監督の『十二人の怒れる男』(1957年,アメリカ)のリメイクである。

両親をチェチェン戦争で亡くした少年が,義父であるロシア軍将校を殺害した罪に問われて裁判にかけられ,12人の陪審員達に少年の運命が委ねられる。たった1人の陪審員を除いて,最初は,皆が少年は有罪だと確信していたが,議論を重ね,殺害現場を再現するうちに,1人また1人と意見を翻していくというストーリーは,ルメットの原作と同じである。もっとも,それぞれの陪審員が,事件との連想で思い出した自分の過去や体験を,ドストエフスキーの登場人物さながらの長広舌で語るところは,きわめてロシア的だ。監督自身が演じる1人の陪審員の発言によって,事態が急展開するラストの数分にも,原作とは違う驚きがある。
プーチン体制下の新生ロシアで,国民に「強き良きロシア」への愛国心をかきたてる『シベリアの理髪師』を制作した「ミハルコフらしさ」は,この映画でも存分に発揮されている。『12人の怒れる男』に登場するロシア人将校達は,誰もが,非現実的なまでにチェチェン人への友愛の念に貫かれているのだ。
だが,陪審員制度は日本人にとってはタイムリーな話題とはいえ,なぜ今ロシアで『十二人の怒れる男』のリメイクなのか。
ちょうど今週,2000年にチェチェン人の18歳の少女エリザ・クンガーエワを強姦して殺害し,チェチェンの民間人を殺害した罪で初めて有罪判決を受けたロシア軍大佐であるユーリー・ブダーノフが,10年の刑期を終える前に釈放されるというニュースが報じられた。ブダーノフ裁判は,精神喪失状態にあった被告に責任能力はないという鑑定が出され,有罪判決を下した裁判官が弾圧されるなど混乱を極め,アムネスティから批判を受けるなど,当時内外の注目を集めた。「チェチェン」,「ロシア軍大佐」,「裁判」と聞けば,今でもロシアでは誰もがブダーノフ裁判を想起するだろう。そうした暗い現実を隠蔽するためにこそ,ミハルコフは,チェチェンと裁判を扱った作品を作るにあたって,ハリウッド映画のリメイクという大がかりな装置を必要としたのかもしれない。


