2008年04月18日

◆ロシア現代芸術における挑発的なスピリット

武蔵野美術大学の図書館展示室で,5月8日~24日に,「ヤング,アグレッシヴ ロシア現代芸術における挑発的なスピリット」が開催される。社会や宗教を挑発する平面・映像作品で知られるダヴィッド・テル=オガニャンをはじめ,現代ロシアアートシーンの新しいパワーに光をあてた展覧会。美術界の「新入り」である作家たちをとりあげ,「制度化」される前のアートの生々しい姿を提示しようとする。

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会 期 :2008年5月8日 [木] ~5月24日 [土]
会 場 :武蔵野美術大学美術資料図書館1階展示室
休館日 :日曜休館(5月18日(日)開館)
時 間 :午前10時より午後6時
     (金曜日午後8時閉館 日曜開館日午後5時閉館)
入館料 :無 料
主 催 :武蔵野美術大学美術資料図書館
企画協力:ロディ・オン(本学博士後期課程)
オープニングイベント,レクチャー等の情報は同大学図書館サイトで。

参加作家
アレクサンドラ・ガルキナ
アレクセイ・ブルダコフ
ダヴィッド・テル=オガニャン
イーゴリ・ベズルーコフ
ピョートル・ブィストロフ
プロヴムィザ
ラデクソサエティ
ワレーリー・チタク
ウラジーミル・クストフ
ホエア ドックス ラン
イェヴゲニ・ユフィット

2008年04月12日

◆アンナ・アリチューク追悼

ロシアの詩人アンナ・アリチュークの遺体がベルリン中心部の川で発見されたと,友人が知らせてきた。ロシアの各新聞もそのニュースを報道している。3月21日に彼女が行方不明になって以来,友人達は奇跡を願っていたが,奇跡は起こらなかった。自殺か他殺かを示す手がかりは,今のところ見つかっていない。52歳だった。

アリチュークは,ロシア・アヴァンギャルドの伝統をうけつぐ視覚詩の権威として,さまざまな言語実験を行ってきた。詩人セルゲイ・ビリュコフらとともに,視覚詩の夕べをモスクワの図書館やギャラリーで開催しては,颯爽と聴衆の前に歩み出て自作を朗読した。目標に向かって果敢に突き進んでいく彼女だったが,朗読の後,そっと友人達のもとに歩み寄り,「今の朗読で良かったのかしら。私はビリュコフのように上手には読めないわ。視覚詩を読むのって本当に難しいわ」と不安げな面持ちで尋ねたことがあった。すばらしい朗読だったと答えると,彼女は,喜びで内側から照らされたように顔を輝かせた。アリチュークはいつもそんなふうに繊細に笑った。

モスクワのベラルースカヤ駅からバスで10分。暗い住宅街の中の古い快適なアパートを訪ねるたび,彼女は昔や最近の作品,面白かった本などを次々にとりだして,熱く語り続けた。多才で高名な芸術家でありながら,子供のように無邪気に世界と戯れていた。

美術家であり,フェミニズムの理論家でもあった活動的な彼女は,モスクワのどこにでもいた。展覧会,講演会,いくつもの朗読会。どこにでも彼女が現れるのが,当たり前の気がしていた。同時代に生きる喜びがこれほど早く絶たれるとは知らずに。

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2008年04月11日

◆ジェインのもうふ

友人の子供の小学校入学のプレゼントを買いに,先週末,久しぶりに児童書を見にいった。30年前に読んだ懐かしい作品が,今でもずいぶん書棚に並んでいる。

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『ジェインのもうふ』という本を見かけて手にとると,驚いたことに,『セールスマンの死』で知られるアーサー・ミラーによる児童文学作品だった。1971年に偕成社から厨川圭子訳で出版されている。

ジェインは,幼い時から慣れ親しんだピンクの毛布を手ばなすことができない。子供のせつない気持ちを率直に描いたミラーの一面が新鮮である。

物語の結末では,ジェインの毛布はぼろぼろになり,糸になって鳥の巣の一部になる。神沢利子の『ふらいぱんじいさん』でも,居場所を求めて旅に出たフライパンは,最後に鳥の巣になった。鳥の巣になるという結末に再生への願いをこめた文学作品は,他にもあるだろうか。

2008年04月06日

◆川村記念美術館リニューアル

千葉県佐倉市にある川村記念美術館が,3月15日にリニューアルオープンした。

常設展会場の面積が今までの1.5倍になり,マーク・ロスコの連作7点を展示する瞑想的な「ロスコ・ルーム」,森の木漏れ日の中でバーネット・ニューマンの『アンナの光』を鑑賞する「ニューマン・ルーム」が新設された。ジョゼフ・コーネルの作品が展示されているのも嬉しい。どこから行くにも遠い美術館だが,一日かけて訪れる価値がある。

5月25日までは,企画展「マティスとボナール ―地中海の光の中へ―」も開催されている。

2008年04月04日

◆アンナ・アリチューク

1910-20年代のロシア・アヴァンギャルドの言語実験の潮流を受けつぐ詩人たちが,現代ロシアにもいる。日本でも訳書『星の時間』で知られるコンスタンチン・ケドロフ。回文詩などの言語遊戯を追求したドミートリー・アヴァリアーニ。視覚詩の技法を発展させ,視覚詩の朗読という困難な課題に果敢に立ち向かってきたアンナ・アリチューク(本名アンナ・ミハリチューク)。

アリチュークに初めて会ったのは2000年頃だ。彼女は自宅に友人たちを招いては,見事な料理をふるまい,詩を朗読し,今とりくんでいるプロジェクトについていつも情熱的に語った。当時40代後半だったアリチュークは,詩人としてだけでなく,アーティストや評論家としても活動の場を精力的に広げていた。

2002年にトレチャコフ美術館で開催された「女性芸術――15-20世紀のロシアの女性=画家」展では,インスタレーション『乙女の玩具』(1994)を発表。「ミロのヴィーナスだって,たまには男性の裸を見てみたい。自分が見世物にされるのはもうたくさん!」という筋立てで,ミロのヴィーナスのポーズをとった男性の半裸写真を,遠くからヴィーナスの頭(彫刻)が見ているという作品だ。男性にとっての理想の女性像である女神が「反乱」を起こすというストーリーである。写真の男性達には,本物のミロのヴィーナス像と同様に手と頭がなく,そのかわりにヴィーナスが頭を獲得しているこの作品は,男性芸術家だけが「意味づける者」で,女性は描かれる対象でしかなかった状況を揶揄していた。

アリチュークはこのコンセプトを発展させ,同年の国際写真展では,プロジェクト『掟の像Ⅱ』を発表した。この作品ではアリチューク自ら裸になり,巷にあふれる「男性用の」エロティックな女性の裸ではなく,女性自身が主体的に自分の裸体(+テクスト)でなにを表現するかという問いかけを発したのである。

アリチュークは,夫である哲学者ミハイル・ルィクリンと共に,ロシアの詩壇,美術,フェミニズムについて様々な評論活動もくり広げ,展覧会の企画にもかかわってきた。2003年に彼女が企画に加わった「宗教にご用心!」展(モスクワ,サハロフ博物館)は,ロシア正教を戯画化した作品を含んでいたことから,狂信的なテロリスト達によって会場を破壊され,アリチュークらは宗教的敵意をかきたてた容疑で裁判を受けることになった。アリチュークは無罪になったが,サハロフ博物館館長と学芸員は多額の罰金を命じられ,新生ロシアにおける表現の不自由を世界に知らしめた。

この数日,ドイツやロシアの新聞は,アリチュークの失踪事件を報じ続けている(朝日新聞でも4月1日に報道)。3月21日午後,「買物に行く」と言ってベルリンのアパートを出たまま,今も行方が知れない。政治的,宗教的理由による誘拐とも,抑鬱症による自殺とも言われているが手がかりがない。昨年12月に彼女がベルリンに移住した直後に送ってきた手紙は,いつものようにバイタリティに満ちあふれていた。

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アンナ・アリチューク関連文献(鴻野)

・「下着とパレード 現代ロシア文化におけるノスタルジー」『早稲田文学9月号』(早稲田文学会,2001年)51-59頁.
・「ロシアの梟はヴィーナスの夢をみるか―ロシア美術とフェミニズム」『窓 2002年3月 120号』(ナウカ,2002年) 29-33頁.
・「渦巻くモスクワ―アート・裁判・ビエンナーレ」『BT美術手帖vol.57. No. 864 2005年5月号』(美術出版社,2005年)133-137頁.
・「現代ロシアンアートの50年―生きのびるためのアート」『AVANGARD』Vol.4(TGO UNIVARTO,2008年)8-12頁.

2008年04月03日

◆芸術新潮4月号

芸術新潮』4月号は,「創刊700号記念大特集」である。世界のヴィーナス100選を選んだ大特集(木島俊介,青柳正規,小池寿子)は読みごたえがある。この記事を片手に,世界のヴィーナスを訪ねる旅,あるいは,ここでは選ばれなかった自分だけのヴィーナス像を探す旅に出られたら,どんなにいいだろう。

フィンランドでカフェを開いた日本女性の淡い日常を描いた映画『かもめ食堂』には,主人公の他にも,世界を放浪する日本女性達が登場する。そのうちの1人は,目を閉じて地図を指したらヘルシンキだったのでやってきたという。それも一興だが,この特集を読んだ後では,ヴィーナスを訪ね歩く旅に出てみたい。(『かもめ食堂』の主人公のように,1億円の宝くじが当たればの話)

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小特集「パリの個人美術館へ行こう」(いしいしんじ)では,藤田嗣治の室内画の世界にそのまま通じる彼の旧居に関心を覚えた。4月6日まで世田谷美術館で開催中の「イリヤ・カバコフ『世界図鑑』-絵本と原画-」の記事も掲載されている。