◆セルゲイ・ボドロフ『モンゴル』
「私は今,中国に来ています。セルゲイ・ボドロフ監督がチンギス・ハーンについての映画を撮影しているので,現場で日本語通訳をしています。主演は浅野忠信です」というメールを,千葉大に留学していたロシア人学生から受け取ったのは,2005年夏。それからボドロフの新作を楽しみにしていた。
ロシア語,英語タイトルは『モンゴル』(2007)。カザフスタン・ドイツ・ロシア・モンゴルの合作で制作され,先月末,2008年アカデミー賞外国語映画賞の最終候補に選ばれた。

ロシア版DVDを週末に見た。チンギス・ハーンの幼年時代から,結婚,敗戦,幽閉時代,再起,モンゴル帝国成立までをフィクションをまじえて描いた大作で,全編モンゴル語であり,浅野もモンゴル語で熱演している。浅野の力量は,ロシアの映画評でも高い評価を受けたようだ。
スタッフには,『マトリックス』や,ロシアで大流行したSF映画『ナイト・ウォッチ』のザック・ステーンバーグやセルゲイ・トロフィーモフも加わっており,なるほど戦闘シーンのRPG的な画面構成や空の質感は,『ナイト・ウォッチ』にそっくりだ。
こうした演出や,「歴史アクション活劇」的な場面の連続が,『コーカサスの虜』で禁欲的な描写によって深い人間性を描き出していたボドロフの作品に,本当に必要だったのかという疑問は拭えないが,本作は,チンギス・ハーンを主題にした三部作の第一部にすぎないとボドロフは言う。ロシアの新聞『モスコーフスキー・コムソモーレツ』のインタビューでは,「『モンゴル』第二部,第三部では,絶大な権力と領地を手に入れた人間は人間性を失い,独裁者に変貌せざるをえないという問題にとりくむことになるだろう」と語っている。
また,ボドロフは同インタビューで本作を,「平凡な孤児が,偉大な戦士に成長する物語」であると述べる。『モンゴル第一部』は,アレクセイ・バラバーノフ『ロシアン・ブラザー』(1997),パーヴェル・チュフライ『パパってなに?』(1997),ニキータ・ミハルコフ『シベリアの理髪師』(1999),アンドレイ・ズヴャギンツェフ『父,帰る』(2003)など,「父を失った孤児のサバイバル」をテーマにしたソ連崩壊後の一連のロシア映画の系譜に連なる作品なのだ。いうまでもなく,「父親不在」を主題にした諸映画の背景には,ソ連という「父なる帝国」の喪失があったわけだが,その文脈で考えれば,新たな帝国建設の野望を抱く「孤児」像を示した『モンゴル第一部』は,現代ロシア政治の戯画にも見えてくる。

つけ加えていえば,『モンゴル』の美術を担当しているダシ・ナムダコフは,ブリャート出身の彫刻家で,2004年以降はモスクワに住み,この5年間で14の個展を開き,活躍の幅を広げている。私も,2004年9月3日,モスクワの東洋美術館で開かれていたナムダコフの彫刻展を見た。それは,テロリストに占拠されたベスランの小学校にロシア軍が突入した日のことだったが,展覧会のオープニングはたいそう盛況であり,ブリャートの伝統音楽が奏でられる中,隣室ではナムダコフの神話的,東洋的な動物や人物像が,アルカイックな笑顔を浮かべていた。
