◆ベルリン,僕らの革命
都心に向かう満員電車の窓から,線路脇の空地の塀に描かれた鮮やかなペインティングが一瞬見えた時,しばらく会っていない友人がこういったグラフィティの観察に熱狂的な関心を持っていることを思い出した。そのうちの一人は,心理学者で詩人の40代のロシア人女性だが,モスクワのストリートアートを撮影した見事な写真コレクションを持っていた。彼女の案内で歩くモスクワは,反戦系,アート系など様々なグラフィティで埋め尽くされた「もうひとつのモスクワ」である。
もう一人は,私と同い年のチェコ人の女性。ロシア留学中に意気投合し,その後プラハの学会で再会した時,彼女は教師の職を辞し,『文学新聞』の面接を受けるところだった。その数ヶ月後,所用でプラハを再訪した時には,彼女はもう,伝統的な新聞の紙面を過激な現代ロシア文学・文化の特集で埋めつくしていた。2005年には,「他人のために短い記事を書くのはやめて,これからは雑誌全体をプロデュースする」,「旧弊な文学新聞に対する革命を起こす」と言って,若い仲間を募って自らの雑誌『A2』を創刊。瞬く間にプラハの代表的な文芸誌になる。昨年再会し,『A2』のコンセプトや練り上げられた紙面構成を説明する彼女の熱い言葉を聞くうちに,彼女がずっと前から「革命」を準備してきたことを知った。彼女の「革命」は現システムの批判に拘泥することではなく,小さいながらも有機的で創造的な新しいシステムを創造すること。その雑誌の創刊号のテーマが,ストリートアートだった。

電車の窓からの光景を見て,もう一つ思い出したのが,『グッバイ,レーニン!』で主演を演じたダニエル・ブリュールが出演して日本でも話題になった『ベルリン,僕らの革命』(監督・脚本 : ハンス・ワインガルトナー,2004年)のワンシーンだ。現代ドイツの格差社会に反抗し,体制に対する異議を表現するために,富裕層の留守宅に不法侵入をつづける若者達の「革命的行為」を描いたこの映画には,彼らがアパートの自室の壁一面に落書きするシーンがある。ベルリンの壁絵といえば,いやおうなく,「ベルリンの壁」のグラフィティが想起されるわけで,このシーンは,壁崩壊後の多幸感が去った後の現代ドイツの矛盾を浮き立たせると同時に,東欧におけるグラフィティと革命の本質的な関係を照射する光景でもある。
『ベルリン,僕らの革命』の青年達は,ある日,豪邸に忍びこんで,いつものように家具や贅沢なインテリアを使ってタトリンの《第三インターナショナル》さながらのオブジェを作りあげ,「贅沢は終わりだ」というメッセージカードを残して去ろうとするが,ハプニングが起こり,帰宅した住人と鉢合わせしてしまう。成り行き上,彼を誘拐し,チロル山間の無人の山小屋で奇妙な共同生活を送るうちに,青年達は,彼が往時の学生運動の活動家だったことを知る。若者達の主張を中心に据えた前半部に対して,資本家になった元革命家の人間像に焦点をあてた後半部では,システムと個人の関係が複眼的に描かれることになる。矛盾のあるシステム下で生きるあらゆる個人(自身の裁量の範囲で日々の責任を果たそうとしているあらゆる個人)は,矛盾の解消に積極的でないことに対してどんな責任を負うのか。安易な答えを出さない開かれたラストシーンによって,その問題は私達自身に突き戻される。
Photo: 『ベルリン,僕らの革命』」(Die Fetten Jahre sind vorbei)







