2008年02月27日

◆ベルリン,僕らの革命

都心に向かう満員電車の窓から,線路脇の空地の塀に描かれた鮮やかなペインティングが一瞬見えた時,しばらく会っていない友人がこういったグラフィティの観察に熱狂的な関心を持っていることを思い出した。そのうちの一人は,心理学者で詩人の40代のロシア人女性だが,モスクワのストリートアートを撮影した見事な写真コレクションを持っていた。彼女の案内で歩くモスクワは,反戦系,アート系など様々なグラフィティで埋め尽くされた「もうひとつのモスクワ」である。

もう一人は,私と同い年のチェコ人の女性。ロシア留学中に意気投合し,その後プラハの学会で再会した時,彼女は教師の職を辞し,『文学新聞』の面接を受けるところだった。その数ヶ月後,所用でプラハを再訪した時には,彼女はもう,伝統的な新聞の紙面を過激な現代ロシア文学・文化の特集で埋めつくしていた。2005年には,「他人のために短い記事を書くのはやめて,これからは雑誌全体をプロデュースする」,「旧弊な文学新聞に対する革命を起こす」と言って,若い仲間を募って自らの雑誌『A2』を創刊。瞬く間にプラハの代表的な文芸誌になる。昨年再会し,『A2』のコンセプトや練り上げられた紙面構成を説明する彼女の熱い言葉を聞くうちに,彼女がずっと前から「革命」を準備してきたことを知った。彼女の「革命」は現システムの批判に拘泥することではなく,小さいながらも有機的で創造的な新しいシステムを創造すること。その雑誌の創刊号のテーマが,ストリートアートだった。

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電車の窓からの光景を見て,もう一つ思い出したのが,『グッバイ,レーニン!』で主演を演じたダニエル・ブリュールが出演して日本でも話題になった『ベルリン,僕らの革命』(監督・脚本 : ハンス・ワインガルトナー,2004年)のワンシーンだ。現代ドイツの格差社会に反抗し,体制に対する異議を表現するために,富裕層の留守宅に不法侵入をつづける若者達の「革命的行為」を描いたこの映画には,彼らがアパートの自室の壁一面に落書きするシーンがある。ベルリンの壁絵といえば,いやおうなく,「ベルリンの壁」のグラフィティが想起されるわけで,このシーンは,壁崩壊後の多幸感が去った後の現代ドイツの矛盾を浮き立たせると同時に,東欧におけるグラフィティと革命の本質的な関係を照射する光景でもある。

『ベルリン,僕らの革命』の青年達は,ある日,豪邸に忍びこんで,いつものように家具や贅沢なインテリアを使ってタトリンの《第三インターナショナル》さながらのオブジェを作りあげ,「贅沢は終わりだ」というメッセージカードを残して去ろうとするが,ハプニングが起こり,帰宅した住人と鉢合わせしてしまう。成り行き上,彼を誘拐し,チロル山間の無人の山小屋で奇妙な共同生活を送るうちに,青年達は,彼が往時の学生運動の活動家だったことを知る。若者達の主張を中心に据えた前半部に対して,資本家になった元革命家の人間像に焦点をあてた後半部では,システムと個人の関係が複眼的に描かれることになる。矛盾のあるシステム下で生きるあらゆる個人(自身の裁量の範囲で日々の責任を果たそうとしているあらゆる個人)は,矛盾の解消に積極的でないことに対してどんな責任を負うのか。安易な答えを出さない開かれたラストシーンによって,その問題は私達自身に突き戻される。

Photo: 『ベルリン,僕らの革命』」(Die Fetten Jahre sind vorbei)

2008年02月19日

◆ギッピウス『護符を持たずに』

ロシアで数年前に買ったジナイーダ・ギッピウス(1869-1945)の選集の第1巻を,先日ふと手に取り,長編小説『護符を持たずに』(1896)を読んだ。ロシア象徴主義の女神といわれるギッピウスの作品にしては,ストーリーも登場人物の描写も稚拙で,単純な文体には格別の個性もなく,1896年にペテルブルクの雑誌に掲載された後,作品集に収録されることもなく長い間埋もれていたのも肯ける。

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だが,この若書きの作品をとりあえず最後まで読んでみたのは,主人公の造型に興味をそそられたからだ。首都ペテルブルクで学問的な成功を収めつつあった前途有望な青年パーヴェルは,アカデミックな世界での出世を棒に振り,ロシアの農村で農民の子弟に初等教育をほどこす学校教師になろうと昼夜夢見ている。夢を支える伴侶として,地味で素直な女性ヴェーラと結婚するが,青年の指導教官である大学教授は,農村ではなく地方都市の学校教師の職を青年に斡旋する。地方都市で青年は肉欲に溺れ,妻との不和に苦しみ,自分には確固とした信念=「護符」がないことを同僚に指摘される。そして,健康を害した妻をともなって農村へ赴くのはもはや不可能であると知って,妻をペテルブルクへ返し,自分は家庭教師としてフランス語圏のとある町へ単身赴任する。

単身赴任先で青年は,数年前に結婚を誓ったが今は自分の伯父の妻となった魅惑的な女性アントニーナと再会して恋に落ち,それと同時に,いくつかの恋愛遊戯を体験する。やがて,伯父とアントニーナはロシアへ戻り,彼女は人生の意味を見いだせずに服毒自殺する。そして青年は,農村教師の夢を永遠に封印し,妻ととともに,ペテルブルク近郊のとある領地の管理人として平凡な暮らしを営み,牛乳の卸売りにいそしむようになる。

陳腐なストーリーではあるが,私は,19-20世紀はざまのロシア小説において,農村をめざした青年の破滅的な末路を描いた作品が流行したことに興味を持っているので,その一例としてこの作品を興味深く読んだ。ギッピウスのこの初期作品は,救済を求めて農村に入り,異教的なセクトに接近してリンチ殺人された青年の末路を描いたアンドレイ・ベールイの『銀の鳩』にも,ゆるやかな弧を描いて通じている。

Gippius, Z., Bez talismana // Zinaida Gippius. Sobranie sochinenij. Tom 1. Novye lyudi. Moskva: Russkaya kniga, 2001.

2008年02月11日

◆イリヤ・カバコフ『世界図鑑』絵本と原画

小雪の舞った2月9日,「イリヤ・カバコフ『世界図鑑』絵本と原画」展の初日のため,世田谷美術館へ行く。展覧会開催にあわせ,雑誌『Dear』3月号(2月12日発売)に,カバコフ展の短い紹介を書いた。

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ソ連時代,生計を立てるために100冊余りの絵本の挿絵を手がけたカバコフ。作家の長年の「絵本体験」は,その後の創作にも様々なレベルで受けつがれた。たとえば,ミュンスター(ドイツ)に設置された彫刻<空を見上げて>は,草の上に寝そべった観客が空を背景にして文字を読むという「自然の中の絵本」の形式である。「いとしい人よ,草に寝ころんで,空を見上げよう……」というテクストを読んで実行した観客は,自分自身も「絵本」の登場人物に変身する。緑にかこまれた平和なひとときを堪能させる作品だが,彫刻の上に広がる空は,戦場で倒れた兵士がふと空を見上げて世界の雄大さに気づくというトルストイの『戦争と平和』の有名なエピソードを想起させる。
 
カバコフのこのアンテナは,10年に1度開催されるミュンスター彫刻プロジェクトの参加作品として制作された。この野外彫刻プロジェクトでは,作家たちは2年前から現地を訪問して,ミュンスターのどの場所にどんな作品を設置するかを企画し,場と作品の共生,生活とアートの関係を模索する。

2007年夏に行った第4回ミュンスター彫刻プロジェクトでは,作品と場との関係,そして観客との関係を観察するのが,予想以上に刺激的だった。会期中のミュンスターは,様々なストーリーが同時多発的に起こる巨大な絵本のような空間であり,観客は皆,登場人物である。私が演じたのは,町から一番遠いパヴェウ・アルトハメルの作品の近くでレンタサイクルをパンクさせ,川沿いの道を延々と歩くという役回りだったのだが……。

写真:イリヤ・カバコフ <空を見上げて> 1997 (2007年撮影)

2008年02月08日

◆ウラジーミル・ナセトキン

2007年12月20日から2008年1月21日まで,モスクワのクローキン・ギャラリーで,ウラジーミル・ナセトキンの個展<障壁>が開催された。しばらくモスクワにはご無沙汰で,残念ながらこの展覧会も見られなかったが,新年に作家が展覧会の写真資料を送ってくれた。

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ナセトキンは,この数年,ロシア・アヴァンギャルドへのオマージュでもある幾何学的なコンポジションを,ドローイング,砂絵,油彩,インスタレーションなど様々なジャンルで制作してきた。ナセトキンの創作の魅力は,種(しゅ)の進化にも似た,作風のゆるやかな変化と連続性にある。その創作は,同じく,油彩,タペストリー,陶器と,次々に素材を変えて制作してきたグリーシャ・ブルスキンと比べることもできるだろう。ブルスキンの作品が,初期に作りあげたソ連,ユダヤという表象をその後ほとんど変化させず,素材のみを変えることによって,素材との戯れ,素材が持つ歴史性の再考という側面を強く持つようになったのに対し,ナセトキンの場合は,作品ごとに,幾何学的なコンポジションに対する意味付けにも変化が生じている。

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1954年ウラル生まれのナセトキンは,ほぼ同世代のレオニート・チシコフ,アレクサンドル・ポノマリョフ,妻のタチヤナ・バダニナらを率いて,チベットやバイカル湖に出かけ,旅先で制作や現地の作家との交流を行う合同アーティスト・イン・レジデンスの企画を進めてきた。

今回の展覧会も,2000年に作家達とチベットの仏教寺院を訪れた時の体験に根ざしている。仏教寺院を訪れはしたが,そこにある黄金の仏像,壁絵,幻想的なインスタレーションを成している仏具や,聖なる知識は,ナセトキンらにとって隠されたものであり,到達しがたいものだったという。ナセトキンらの行く手を阻んだのは,「未知の言語,高山病,寺院に至るまでの何1000キロの距離だけでなく,聖なる美と私たちのあいだに無粋に立ちはだかる素朴な木の柵」だった。

本展で,ナセトキンが絵画や版画の前に置いた木の柵ならぬ「障壁」は,作家の言葉によれば,それ自体が作品であるとともに,「新しい幾何学的空間の概念の探求」,「創造的エネルギーの蓄積の場」でもある。作家が「未来の彫刻」の原型であると語るこの「障壁」は,次はどのような進化をたどるのだろうか。

Photo: Courtesy of artist

Vladimir Nasedkinによるロシア語テクストはこちら

2008年02月04日

◆セルゲイ・ボドロフ『モンゴル』

「私は今,中国に来ています。セルゲイ・ボドロフ監督がチンギス・ハーンについての映画を撮影しているので,現場で日本語通訳をしています。主演は浅野忠信です」というメールを,千葉大に留学していたロシア人学生から受け取ったのは,2005年夏。それからボドロフの新作を楽しみにしていた。

ロシア語,英語タイトルは『モンゴル』(2007)。カザフスタン・ドイツ・ロシア・モンゴルの合作で制作され,先月末,2008年アカデミー賞外国語映画賞の最終候補に選ばれた。

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ロシア版DVDを週末に見た。チンギス・ハーンの幼年時代から,結婚,敗戦,幽閉時代,再起,モンゴル帝国成立までをフィクションをまじえて描いた大作で,全編モンゴル語であり,浅野もモンゴル語で熱演している。浅野の力量は,ロシアの映画評でも高い評価を受けたようだ。

スタッフには,『マトリックス』や,ロシアで大流行したSF映画『ナイト・ウォッチ』のザック・ステーンバーグやセルゲイ・トロフィーモフも加わっており,なるほど戦闘シーンのRPG的な画面構成や空の質感は,『ナイト・ウォッチ』にそっくりだ。

こうした演出や,「歴史アクション活劇」的な場面の連続が,『コーカサスの虜』で禁欲的な描写によって深い人間性を描き出していたボドロフの作品に,本当に必要だったのかという疑問は拭えないが,本作は,チンギス・ハーンを主題にした三部作の第一部にすぎないとボドロフは言う。ロシアの新聞『モスコーフスキー・コムソモーレツ』のインタビューでは,「『モンゴル』第二部,第三部では,絶大な権力と領地を手に入れた人間は人間性を失い,独裁者に変貌せざるをえないという問題にとりくむことになるだろう」と語っている。

また,ボドロフは同インタビューで本作を,「平凡な孤児が,偉大な戦士に成長する物語」であると述べる。『モンゴル第一部』は,アレクセイ・バラバーノフ『ロシアン・ブラザー』(1997),パーヴェル・チュフライ『パパってなに?』(1997),ニキータ・ミハルコフ『シベリアの理髪師』(1999),アンドレイ・ズヴャギンツェフ『父,帰る』(2003)など,「父を失った孤児のサバイバル」をテーマにしたソ連崩壊後の一連のロシア映画の系譜に連なる作品なのだ。いうまでもなく,「父親不在」を主題にした諸映画の背景には,ソ連という「父なる帝国」の喪失があったわけだが,その文脈で考えれば,新たな帝国建設の野望を抱く「孤児」像を示した『モンゴル第一部』は,現代ロシア政治の戯画にも見えてくる。

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つけ加えていえば,『モンゴル』の美術を担当しているダシ・ナムダコフは,ブリャート出身の彫刻家で,2004年以降はモスクワに住み,この5年間で14の個展を開き,活躍の幅を広げている。私も,2004年9月3日,モスクワの東洋美術館で開かれていたナムダコフの彫刻展を見た。それは,テロリストに占拠されたベスランの小学校にロシア軍が突入した日のことだったが,展覧会のオープニングはたいそう盛況であり,ブリャートの伝統音楽が奏でられる中,隣室ではナムダコフの神話的,東洋的な動物や人物像が,アルカイックな笑顔を浮かべていた。

2008年02月03日

◆編み男

関東一帯は雪。

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この写真は,(前述の雑誌『アヴァンガルド』で掲載しきれなかった)現代ロシアのアーティスト,レオニート・チシコフのヴャザーニクのワンシーンである。作風を変幻自在に変えながら幻想的なワンダーランドを生みだすチシコフが,手編みのウェアを着て雪の森でパフォーマンスを行っている。

ウラル地方出身のチシコフは,ある時,85歳になる母親に頼んで,この衣装を編んでもらった。体育の教師だった父親の体操着や,祖母が戦前に巻いていたスカーフなど,一族の歴史を織りこんだ一着は,チシコフの村の住人たちの「記憶を形にしたもの」で,何世代もの人々の「体温」がこもっていると作家は語る。

「絨毯を編むというウラルの民芸を,私たちは,祖先の霊を呼び戻すという魔術的儀式に変え,かれらの魂を永遠の螺旋に,太陽の形,記憶の繭に編みなおした。そして神話的な新しい生き物が生まれた。それは,編まれた人間であり,家霊(ダマヴォイ)や湯殿の妖怪(バンニク)のように古来の超現実的な生き物の系譜に連なっている」(レオニート・チシコフ)

Photo: Courtesy of artist
(ロシア語テクストはこちら