◆カバコフ 赤い車輌
神奈川県立近代美術館葉山で開催中のイリヤ・カバコフの絵本展の準備をしていた時,カバコフのインスタレーション<赤い車輌>の構成を予感させるアイデアが,初期の絵本にもすでにあったことを知って,一刻も早くこの作品を見たくなった。
10年以上前から,写真とテクストだけを手がかりに想像をふくらませてきたこの作品を,この夏,やっと見ることができた。<赤い車輌>は,フランクフルトから電車で40分の温泉町ヴィースバーデンの美術館で常設展示されている。
カバコフが1991年に制作した立体作品<赤い車輌>は,ソ連の歴史をアイロニカルに概観している。3部構成のこの作品は,空へ続く階段,車輌,車輌後部のゴミ捨て場から成り,各部はそれぞれ,未来への希望に満ちたソ連初期,1934年から1963年までの「スターリン・ソヴィエトの永遠の楽園」の時代,凋落の時代を表現しているという。
実際に作品を見ると,車輌の前部を覆っている「空へ続く階段」は,未来へ続く階段という前向きのイメージではなく,未来を信じてのぼってはみたものの,階段は宙で途切れていて行き場を失うという,足元をすくわれるような喪失感を呼びおこす。カバコフの後期のインスタレーション<プロジェクト宮殿>の<天使に出会う>という作品の構図にも似ている。
車輌の中に入ると,予想よりも幅が広く,アレクサンドル・ブロークの戯曲に出てくるロシアの場末の見せ物小屋の雰囲気が漂っていた。それでいて,薄闇の中でソ連の楽園画が浮かびあがる室内は,心地よい郷愁を感じさせ,どうにも外へ出たくなくなる。カバコフの作品には,クローゼットに閉じこもる男の話がよく出てくるが,<赤い車輌>の閉じた世界も,それらのクローゼットに通じている。
ヴィースバーデン美術館は,今後カバコフの常設展を充実させていくとのこと。<プロジェクト宮殿>が常設されているエッセンと並んで,カバコフを知るためのいっそう重要な場所となるだろう。
写真:ヴィースバーデン美術館外観
ヴィースバーデン美術館
Friedrich-Ebert-Allee 2, 65185 Wiesbaden, Germany
(ロシアからドイツに移住し,ヴィースバーデンで没した画家アレクセイ・フォン・ヤヴレンスキー(1864-1941)のコレクションも充実している。)


