2006年08月31日

◆夜,電車の中で

京都市太秦の広隆寺に安置されている弥勒菩薩半跏思惟像--右手の指を頬にあてて物思いにふけるあの有名な彫像--の絵葉書をいただいた。それを見て,15年以上前に,ある美術家から聞いた話を思いだした。

「ある夜,ぼくの友人が電車に乗っていた。そして電車の座席で揺られていると,とつぜん,世界のみんなが幸せになればいいという強い思いがわきおこってきたという。理由はわからないけれど,突然そういう気持ちになったらしい。そして,ふと前を見ると,向かいのガラスに自分の顔が映っていて,それが広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像にそっくりだったって。だからかれは,ああ,あの彫像のアルカイック・スマイルは,世界の幸福を願う顔なんだなあと実感したらしい」

その話を聞く前からこの彫像が好きだったが,それから何度も広隆寺へ行った。
ロシアでお世話になった先生を,この冬,日本へお招きできることになったので,ぜひ京都にもお連れして,彫像の話をしてみたい。

2006年08月28日

◆船井美佐 Nirvana

じっと見つめているうちに,ぴったりと波長が合ってくる。すると,自分の中の形にならないものが,流れる線となって形をとりはじめる。現実と非現実,愛らしさと不気味さが未分化のまま生々しくとけあう世界。やがて,見ることが自分自身に分け入っていく行為だと気づく。

船井美佐の作品〈Nirvana〉と〈胎内花鳥山水図@法然院〉を見てそう感じた。
泉鏡花の『高野聖』を彷彿させる,恐ろしくも生暖かく懐かしい景色だった。

船井氏を含む7名の若手作家の作品を集めた「ふなばし現代美術交流展 06 ひかりあるところで」は,船橋市民ギャラリーで9月3日まで開かれている。

ゼミの学生が,毎年この交流展の手伝いをしているので,チラシやポスターを持ってきてくれる。散歩コースの途中で気軽に立ち寄る人も多いという市民ギャラリーに,現代美術とのこんな素敵な出会いの場を作ってくれるのは,とてもありがたいことだと思う。

2006年08月27日

◆イーゴリ

ロングアイランドでの仕事が終わった夕方,画家夫妻の知人のイーゴリがマンハッタンまで私たちを送ってくれた。

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それまで私たち3人は数日間イーゴリの家に泊って,毎朝毎夕スクールバスに乗って規則正しく学校に通う子供さながら,イーゴリの車で仕事場に通っていた。あまりに近いので途中にスーパーもなく,数日間1缶のビールも飲まなかったこともそれなりに残念だったが,時差ぼけと興奮で連日1-3時間しか寝ていなかったので,アルコール抜きだったのはむしろ幸運だったかもしれない。むしろ,せっかく泊めてくれているイーゴリと話す時間がないのが惜しまれた。

でも,ニューヨークへの2時間の帰り道,イーゴリと話をした。
イーゴリは3年前にニューヨークに来るまで,リトアニアのカウナスで音楽家をしていた。単身アメリカに移住して,どうにか生活の基盤ができて妻子を呼び寄せたのは,やっと1年前。この夏は家族だけがリトアニアに里帰りして,イーゴリは土曜も働いている。

「私はまだモスクワにいた時に,今の職の公募をインターネットで見つけて,突然仕事が決まって,予定をきりあげて帰国して,縁のなかった町に引っ越してきたの。でも,知らない町といっても日本は日本だった。あなたの奥さんは,あなたがアメリカで仕事を見つけて家族で移住することについてどう思ったの?」

「妻は,カウナスの銀行で良い仕事についていた。だから最初は難色を示したよ。でもリトアニアでは職業上の可能性が本当に低いんだ。ぼくは,芸術にかかわり海外に行くことも多い今の仕事に満足してる。大事なのは,どこで暮らすかじゃない。仕事を見つけることだ」

「娘さん二人は,数年後に高校を卒業したらどうすると言っているの?」
「上の子は,語学が得意だから通訳になればいいと思ってるよ。下の子は内向的だからどうなるかな」

イーゴリと何を話しても,彼の話題はいつも,どう仕事を見つけるかということに移っていった。

「今,アメリカでも工場がどんどん外国に移転してる。だから,商店で働くか,それともエリートになって会社で働くかしか選択肢がなくなってきてるんだ。昔は,工場で働くっていう選択肢があったのに。たしかにコストの安い外国に工場を移せば,物はちょっとばかり安くなるさ。でも,それがどんなに大きい問題をひきおこすかってことが,この国ではまだ分かってないんだ」

イーゴリは,「ぼくはマンハッタンはよく知らないんだけど」と言いながら,最終日だけ泊ることになっていたホテルに送ってくれる途中,五番街やブロードウェーを車で案内してくれた。私のニューヨークは,イーゴリの車から見た20分間のパノラマだけだ。

移民の孤独を描いたウラジーミル・ナボコフの『ロリータ』の後半が,なぜロード・ムービー仕立てなのか,その時分かったような気がした。車のガラスは,私達と町を厚く隔てていた。余所者にも惜しまず美しい顔を見せる町,それを壁の中から見ていた私たち。

2006年08月26日

◆グリーシャ

先週,ニューヨークを訪れた時のこと。

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空港に迎えにきていたリムジンの運転手さんは,流暢に英語を話すけれど母語ではなさそうだし,グレゴリーという名前なので,ひょっとしてロシア人かもしれないと思ったとたん,かかってきた携帯電話にむかって突然ロシア語で話しだした。

「ロシア語を話されるんですね?」
「日本人はよく乗せるけど,ロシア語を話す人は初めてだ!」

それから目的地に着くまでの1時間半のあいだ,グリーシャは助手席に座る私の顔をのぞきこむようにして車を激しく左右に揺らしながら,身の上話を語りつづけた。
「ぼくたちもう,ヴィ(あなた)じゃなくて,ティ(きみ)で話そうじゃないか」と言われた後は,いっそう話も車も加速した。

15,6年前にソ連時代のキエフからヨーロッパを経てアメリカにたどりついた時,412ドルしかなかったこと,1993年にキエフから母親を呼び寄せた時,母親が「何を持って行けば良いか」というので,「服はこちらで買えばいいから,昔ぼくが集めたポスターのコレクションを持ってきて」と頼んだこと。でも,スカートひとつ買うにも途方もない苦労をしてきた母親には,アメリカでは洋服が簡単に手に入ることがどうしても理解できなかった。

お母さんがアメリカにやってくると,グリーシャはすぐにスーパーに連れて行った。食品,下着,靴,コート…… なんでも一カ所で簡単に買える光景を目の当たりにしたお母さんは,カルチャー・ショックを受けて泣き出してしまった。店員やお客さんが心配して近づいてきても,お母さんはずっと泣いていた。

それから10数年。グリーシャはリムジンの仕事で成功し,息子は弁護士,娘は図書館のロシア語部門の司書をしている。無から今の生活を築いたことを誇りながらも,「子供たちにはこの仕事をさせたくなかったんだ」と話した時,彼の目に雲がかかったようだった。

グリーシャは,仕事はもっぱら英語を使い,家族や友人とはロシア語で話している。
「家族や友人とふだん話す話題は限られているから,君とこうしてロシア語を話していると,自分でもとっても不思議なんだよ。分かる? たとえばぼく,今,『視野が広がる』って言ったでしょ? こんな「文学的」なロシア語,もう何年も使ったことがなかった。ぼくはまだこんな言葉も覚えていたんだなあ」と言いながら,グリーシャは,日常生活では使わない言葉をロシア語で次々と言い続けた。

ロングアイランドへ向かう長い高速道路の旅は,グリーシャが自分の記憶とルーツをたどる旅になっていた。あの日,その旅に立ち会ったのが,私の初めてのアメリカ体験だ。

2006年08月23日

◆カバコフ絵本調査

一昨日までニューヨークでイリヤ・カバコフの絵本調査をしていた。
正味4日間の滞在中は郊外のカバコフのアトリエにこもりきりで,朝から夜まで3人で絵本と原画を見続けた。カバコフは以前日本で会ったどの時よりも,はるかに饒舌かつエネルギッシュで,1950-80年代ソ連の絵本についての貴重な話が彼の口から次々に流れ出てきた。

職人魂ともいうべき緻密さでねりあげられた挿絵の数々。原画の繊細でみずみずしい色彩は,夢の色をしている。彼の100冊前後の絵本と5000点の原画,そしてカバコフの言葉にどっぷり使った数日間は,至福の時間だった。

カバコフ絵本展は来年9月から全国を巡回予定。
カバコフの絵本の小規模な展覧会は今までにも国外で行われたことがあったが,これほど大きな絵本と原画の展覧会は世界初である。

2006年08月17日

◆富山・現代ロシア美術展

昨夜,富山から帰宅。

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南栃市福野文化創造センターの〈モスクワ美術展〉と富山県立近代美術館の〈種の起源:ロシアの現代美術 私たちは生き残ることができるのか〉を調査したが,二展とも,現代ロシア美術を代表する作家を集めた刺激的な展覧会で,会場に足を踏み入れると,実際にモスクワに来たような錯覚すら覚えた。作品と展示が生み出すオーラが,非日常的な磁場を形成している。夏にロシアに行かないのは8年ぶりだが,富山で3日間ロシアの空気に浸れたのは幸せだった。

それに,富山では色々な方にお世話になり,仕事で行ったのにお盆に郷里に帰ったような楽しさで,すっかり富山のファンになった。行動範囲の狭さ,限られた対象にしか興味を持たない生活――こうした私の毎日が漠然と作りあげてきた日本についてのイメージすら,今回の体験で変わるくらい。

Photo:富山駅ホーム 2006.8.16

2006年08月15日

◆ロスタン・タヴァシエフ

薄暗い空間をのぞくと,そこには笑顔で自転車をこぎつづける3匹のピンクのウサギたちがいた。ウサギたちの前方には,映画館のスクリーンがある。どうやら,ウサギたちが懸命にこいでいる自転車は発電装置になっていて,その電力で映画が上映されているらしい。ふりむくと,ほほえんだウサギたちが自転車の後ろで列を作っている。発電機をこぐ仲間の交代要員である。

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これは,ロシア現代美術の若手作家ロスタン・タヴァシエフのインスタレーション《映画》のコンセプト。映画は撮影するのにも莫大な資金や労力が必要だし,見るためにはわざわざ映画館に行かなくてはならない。全力で自転車のペダルをこいでいるこのウサギたちの姿は,芸術という奇跡にかかわるあらゆる人たちの姿でもある――作品には作家のそんなメッセージがそえられていた。

今年の3月,モスクワの現代美術センターでタヴァシエフのこの作品を見てからというもの,この作家のことが気になっていたが,そのタヴァシエフが,これまたユニークな作品《絵画と彫刻》をたずさえて,富山県立近代美術館《種の起源:ロシアの現代美術》展のために,今日,来日した。

今回の作品も,ぬいぐるみの動物を使って,芸術とはなにかを問いかける作品で,青い動物が抽象絵画を眺めている。「芸術とは何か」というテーマで制作するアーティストはけっしてめずらしくない。でも,ぬいぐるみという表現方法が作者の芸術にかける愛情を表すのにぴったりで,楽しいユートピア的な世界に仕上がっている。タヴァシエフのぬいぐるみたちに会えるのは,19日から。

Rostan Tavasiev. Kino. 2005.

2006年08月14日

◆モスクワ美術展&種の起源

今日から美術調査で,日露文化フォーラム開催中の富山へ。

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富山県立近代美術館では,ヨシフ・バクシュテインがキュレーターをつとめる〈種の起源:ロシアの現代美術〉が8月19日から始まり,16日にはアーティストとの交流をかねた公開展示がある。

南栃市の福野文化創造センターでは,19日まで〈モスクワ美術展〉を開催中。

ロシア現代美術の代表的なアーティストの作品を集めたこんな高品質の2つの展覧会が日本で開催されるのは画期的だ。くわしくはまた後日。

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