2006年07月30日

◆それぞれの少女時代

今日も昨日につづいて,夕涼みをしたくなる爽やかな風。夕方になると,油蝉にかわってヒグラシが鳴きはじめる。

そんな夕方に,新刊,リュドミラ・ウリツカヤ『それぞれの少女時代』沼野恭子訳(群像社,2006年)を読み終えた。ソ連時代の少女たちを主人公にした6つの作品はゆるやかにつながっていて,それぞれの話を読み終えるたびに,「この話が一番好きだ」と思うけれど,次の話を読むとまたそう感じる。

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意地悪な妹に,近所に住む「怖いおばさん」が実のお母さんだと騙されて家出をして,夜の動物園で眠りに落ちてしまう感受性の強い女の子,憧れの教師に花束をプレゼントするために体を使ってお金を稼ぐ子,暗闇を恐がる子,誕生会になかなか友達が来なくて泣きだす子。時や国を超えて共通する少女たちの心の動きが的確に,しかもユニークなストーリーの中で描写されている。ユダヤ人差別,貧富の差,都市の住環境,ピオネール(社会主義少年少女団)の活動など,当時のソ連の社会的状況も伝わってくる。

冒頭の「他人の子」は,普遍的な叙事詩の始まりにふさわしく,神話的な空気を漂わせている。なぜか『百年の孤独』を思い出した。

この本の持つ不思議な空気感,ソ連時代の少女たちの心の綾と時代が織りなす特別なアウラのようなものに包まれて,この夏の空気が遠いソ連時代にまで続いているような気がした。

2006年07月21日

◆チェブラーシカ

研究室の引っ越し作業中,一時的に家に避難してきたチェブラーシカ。

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2006年07月17日

◆ロシアのビール

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ある時ソ連で,とてもおいしい国産ビールができた。
そこで,ソ連政府は,「ソ連のビールはまずい」という悪評を払拭するために,試作品をビールの名産国ドイツに送ってお墨付きをもらおうとした。
しばらくたって,ドイツから返事が届いた。「貴国の馬は健康です。」

こんなアネクドート(笑い話)も今は昔。90年代なかばからはロシアのビールはどんどんおいしくなり,種類も増えて,しかも安いので,夏場ともなると目移りしてしまう。

先日,カルフールの広告をみてびっくりした。世界のビールフェアの目玉として,ロシアのビール〈バルチカ〉が,ドイツやベルギーのビールをさしおいて王様然としてまんなかに写っている! バルチカといえば,ロシアの新世代ビールのなかではすでに老舗ともいえる有名なブランドだが,それが日本で買えるとは。いうなれば,慣れ親しんだお隣さんに旅行先で偶然会ったような驚きである。

本当にあるのかな。そう思って買い物にいくと,きれいにディスプレイされて並んでいた。久しぶりに買ってみると,香り豊かでさわやかな喉ごし。日本でも人気が出るだろうか。

2006年07月16日

◆家庭で作れるロシア料理

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つい先日のこと。
「パスタやカレーはもちろん,ピーマンの肉詰めとか,サーモンと野菜のソテーとか……」
「日本の物価では1人前300円で夕食を作ることはできない」とロシアから来た友人がいうので,「そんなことないよ」と色々な料理をあげてみた。

そういえば,ピーマンの肉詰めはロシアにもある。別の友人がロシアから日本に来たときに,「日本の食材でも作れるロシア料理」ということで作ってくれたことがあった。もともとこの料理は南方からロシアに入ってきたが,今では家庭料理として定着している。

ロシアと日本のピーマンの肉詰めの違いは,ロシアでは,挽肉+玉ネギにお米を加えて,焼くかわりに色々なスープで煮ること。お米が入ると味がまろやかになり,ロシア版のもとてもおいしい。

今月,ロシア料理を作るのにぴったりの本が出た。料理・荻野恭子,エッセイ・沼野恭子 『家庭で作れるロシア料理』(河出書房新社,2006)。

ピロシキ,ビーフストロガノフ,夏にぴったりの「冷たいボルシチ」や,手軽でおいしいビタミン源「ニンジンのサラダ」,そしてロシア風ピーマンの肉詰めものっている。ロシアの農園生活や,文学と料理についてのエッセーも食欲をそそる。

この本を参考に,近々サワークリームを使った料理に挑戦するつもり。生クリームとプレーンヨーグルトでサワークリームができるなんて目からウロコだ。

2006年07月15日

◆AES+F

『BT美術手帖』8月号に,ヘルシンキで3月に取材したARS06の展評を掲載。ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガーや,ロシアのアーティスト,アレクサンドル・ポノマリョフやAES+Fを紹介した。

AES+Fが出展した《最後の暴動》(2005)は,RPGを模した奥行きのないデジタルペインティングの世界によって,現在と点線で繋がる「未来の現実」を提示してみせる。そこに描かれているのは敵味方の区別なく万人が世界と自分自身を滅ぼすために戦う終末戦争のヴィジョンである。この作品では,AES+Fが今までとりくんできた未来図と子供という二つのテーマが出会った。

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AESの活動をふりかえるなら,未来図を扱った作品の代表例は,《イスラム・プロジェクト》(1996-)シリーズである。グッゲンハイム美術館がイスラムの宗教施設に変貌し,ニューヨークの摩天楼街にモスクが林立する〈未来の光景〉によって世界のイスラム化を冗談とも揶揄ともつかない形で示し,架空のツーリスト・オフィスを世界各地に設置して,戦車とモスクに埋め尽くされた「名所」の絵葉書とポスターを展示した。

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子供を主題にした作品としては,美しい子供たちを自分の宮殿に攫ってくる怪物の伝説にちなんだ《森の王》(2000-2001)がある。肌の色の違う子供たちが一様に白い下着に身を包み,豪華な宮殿に集合した光景は,人類は皆平等であるというベネトンの広告のパロディにもみえるが,予定調和を覆す不穏な空気を漂わせている。子供の世界の生態,法則,社会性を観察しようとする残酷で冷徹な視点が感じられるからか。

ここにいる子供たちはじきに殺し合いを始めるのではないか? そんな思いをかきたてるこの作品は,無人島に流れ着いた子供たちが独裁者,密告者,殺人者と化していく過程を描写したゴールディングの小説『蝿の王』の延長線上にある。そしてその不吉な予感は的中する。新作《最後の愛国者》の未来社会では,子供たちが殺し合っているのだ。

写真:上 Islamic Project. AES – the Witnesses of the Future.

写真:下 AES+F group (Tatiana Arzamasova, Lev Evzovitch, Evgeny Svyatsky + Vladimir Gridkes), 2001-2002 The King of the Forest

2006年07月08日

◆『カンディード』〈戦争〉を前にした青年

最近の書棚から。

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水林章『『カンディード』〈戦争〉を前にした青年』(みすず書房,2005年)は,ヴォルテールの『カンディード』の卓越な読解であるだけではない。「テクストのなかに実際に存在する具体的な記号・言語的事実にそくして読む批評的な作法」と,「テクストをそれが関与する大きな歴史的世界へと開く」姿勢のあいだを往復するという文学研究の理想を示した1冊である。


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先祖伝来のぬか床が呻きはじめ,手をつっこんでみると底に得体の知れない卵があり,気がつけば男の子や中年の女性が生まれている。死んだ叔母からこんな奇妙なぬか床を受けついだ主人公は,ぬか床を「故郷」に帰すために先祖の島をめざすが……

梨木香歩はこれまでにも不思議で結末が予想できない小説を書きつづけてきたが,新作長編小説『沼地のある森を抜けて』(新潮社,2005年)も,森のなかの迷路を歩いてでもいるように,良い意味で見通しがきかない。小説に仕掛けられたいくつものストーリーが,最後にはまるで発酵したかのようにひとつに溶けあって,思いもしれぬものに変貌していく。

2006年07月05日

◆マクパペット

顔や服を選んでキャラクターを作れるサイトを教えてもらった。

これは夏休みのイメージ。

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