2006年06月28日

◆テルミン

レフ・テルミンについての映画を見た。1920年に世界初の電子楽器を発明したロシアの科学者についてのドキュメンタリーである。スティーヴン・マーティン監督『テルミン』,1993年,アメリカ映画。

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発明者の名前にちなんで名づけられた楽器テルミンは,2本のアンテナのあいだの電磁場にかざした手の動きによって演奏される。電子楽器というと人工的なイメージが先立つが,微妙な音の揺らぎは,鯨の歌や虫の声などむしろ生物の音にも近い。

国家の開発と電化を目標としたソ連では,「電気による楽器」はまさに新時代にふさわしい音楽として一時期関心を集めたが,アメリカ生活の長かったテルミンはやがてスパイ容疑で逮捕され,収容所で不遇の時代を過ごすことになる。

映画は,レフ・テルミンを慕う人々,この楽器に魅せられたミュージシャンたちによる回想によって,テルミンの生涯をたどる。そのなかには,ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンなどの著名人もいれば無名に終わった人もいるが,挫折を経てなおテルミンや音楽にかけた夢を熱く回想するかれらの言葉や表情が,映画全体を郷愁で包みこんでいく。

そのうちの一人であるクララ・ロックモアは,レフ・テルミンの長年の友人で,テルミンの代表的な演奏者だった。ロシア革命を逃れてアメリカにやってきた亡命ロシア人であるロックモアは,映画全編を通じてテルミンについて,威厳をこめた英語で語りつづける。だが映画の最後で,アメリカで久々にレフ・テルミンと再会するやいなや,言語が少し訛りのあるロシア語に突然切り替わる。亡命者としての横顔をあらわにするその姿は無防備で,古い夢に満ちたこの映画のなかでももっとも感動的な場面である。

2006年06月17日

◆台所のスプレマティズム

細かく切り刻まれたサラミと黒パン。これはロシアの現代アーティスト・グループ〈青い鼻〉の新作《台所のスプレマティズム》である。

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今年のモスクワ国際フォト・ビエンナーレでは,ロシア・アヴァンギャルドの画家マレーヴィチの絵画を皿の上に「再現」したこの作品を前に,観客たちが苦笑していた。

海外展開を視野にいれた現代ロシアのアーティストが,自分のアイデンティティとして「ロシアという特殊性」を際だたせようとする時に,外国の批評家や美術好きの観客に受けやすいロシア・アヴァンギャルドを主題に選ぶという傾向は,この数年で始まったことではない。

《台所のスプレマティズム》が,サラミや黒パンといういかにもロシアらしい食材を使うことで,アヴァンギャルド芸術とロシア料理を同列において,「消費されるものとしての異国情緒」を表現しているとしたら,それはそれで〈青い鼻〉らしいアートへの批判ではないか。

Blue Noses (Viacheslav Mizin and Alexander Shaburov).
Kitchen Suprematism. 2005.

2006年06月15日

◆カッレイネンの歌

「バーミンガムは変わってしまった。今のバーミンガムはもう好きじゃない。昔はもっと良かった。」

「どうしてビールがこんなに高いのか。なんでもっと高い給料を払ってくれないのか。以前は人生は良いものだった。喉が乾いた。」

これは,3月に取材したヘルシンキの美術展に出展されていた作品の一節である。

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フィンランドのアーティスト,テッレルヴォ・カッレイネン&オリヴァー・コフタ=カッレイネンの《バーミンガムの最初の不平合唱団》(2005)は,日々の不満を明るく合唱で歌いあげる痛快な映像作品である。

日頃ためこんでいる不満を軽快なリズムにのせて「訴える」人々の顔が,ユーモアの光で内側から照らされてなんとも気持ちよさそうである。音楽で社会にコミットしていくというよりも,訴えても何も変わらない状況のなかで,もう歌でも歌うしかないというある種の潔さが楽しい。日本版も作ってほしい。

Tellervo Kalleinen&Oliver Kochta-Kalleinen
The 1st Complaints Choir of Birmingham
2005
DVD, 8 min.

2006年06月13日

◆ユルリク 自習の時間

月曜日は東京で授業がある日。途中で、表参道のSpiralに久しぶりに寄ってみた。

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yurulikuというデザイナー・ユニットの《自習の時間》という展示(+販売)を見た。懐かしの定規セットをイメージした定規カード、ノートをモチーフにしたフェルトバッグ、赤と青の二色鉛筆をモチーフにした物入れなどが、昔の学校風の椅子や机に並べられて、笑いと郷愁を誘う。

ふと、イリヤ・カバコフのトータル・インスタレーション《School No.6》を思い出した。カバコフが作りだしたソ連の小学校の廃墟は、壁にはレーニンの肖像画がかかり、子供達の持物も日本とは明らかに違うのに、それでもなおノスタルジーをかきたてる。ユルリクが作り出したこの小さな「学校という時空間」に、外国人も自分の子供時代を思いだすのだろうか。不思議そうに展示を見ていた外国人の夫婦に尋ねてみたかった。

2006年06月12日

◆ヘルシンキ

このところ、日々の些事に追われて散歩にも出かけていない。最近よく、3月に1週間過ごしたヘルシンキの湿っぽくて清浄な空気を思いだす。

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ヘルシンキで心に残ったもの。

おりしも大型国際展の開催中でお祭りのようだった国立現代美術館キアズマ。

入場料が無料になる水曜夜に美術好きな人たちが集まってくるアテネウム美術館。

外で静かに雪が降っていた日,カフェで仲良く黙々とケーキを食べていた二人組のおじいさん。

貴重な古書も自由に手にとって読めるヘルシンキ大学スラヴ図書館の開放的なシステム。

日曜日に子供を海辺の公園に橇遊びにつれていく家族たち。

待合室で暖を取りながら,「検札に来ないのに何で切符を買うんだい」と話しかけてきた陽気なホームレス。彼の背後では,北国の明るい太陽が輝いていた。

町はずれのレストラン・シーホースの絶品サーモンクリームスープと、地元の人の社交場としてのアットホームな雰囲気。店は大盛況で、他のお客さんは近くの支店を紹介されていたが、いかにもヘルシンキを知らなそうな旅行者を気遣って,クロークのおじさんはその場でむりやり席を作ってくれて、カウリスマキの映画の登場人物のように味のある微笑みをうかべた。

3月のヘルシンキの海は流氷に囲まれていた。いつか流氷を見たいと長年思っていたが、図書館からすぐの海辺で一面に広がる流氷に予期せず出会った時は、願いがかなったことに一瞬気づかなかった。

(写真はヘルシンキ大学図書館)

2006年06月11日

◆梅雨入り

外は雨。梅雨入りと同時に台所の蛍光灯のひもが切れてしまったので,ケロちゃんをつけておいた。家事が少し楽しくなるかも。

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2006年06月06日

◆オネーギンの恋文

プーシキンについての授業で、マーサ・ファインズ監督の『オネーギンの恋文』を見た。細部を省略しつつも、原作をほぼ忠実に映画化している。

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時は19世紀ロシア。ペテルブルクで放蕩生活を送り、叔父の領地を相続して田園にやってくるも、無意味な人生への憂いから逃れられない青年オネーギンを、レイフ・ファインズが、オネーギンのマドンナとなるタチヤーナを、リブ・タイラーが演じている。ラストシーンのオネーギンの後ろ姿が、突然老けこんで、中年のように見えるのが切ない。

2006年06月04日

◆上田和夫『イディッシュ文化』

フランツ・カフカは,当時オーストリア・ハンガリー帝国に属していたボヘミアの首都プラハに生まれたユダヤ人だったが,周囲の環境にとけこんで生活するいわゆる同化ユダヤ人として育ち,作品もドイツ語で執筆した。後年,イディッシュ演劇と出会ったのを機にユダヤ人としての意識にめざめて,ユダヤ教やシオニズム運動に身を投じたが,一度は移住を志したパレスチナの地を踏むこともなく,プラハでの死を選ぶことになる。

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「本物の」ユダヤ人でも,ドイツ人でも,チェコ人でもない自分のアイデンティティを模索しつづけたカフカの作品には,時として,ユダヤ人の運命に寄せる共感,また,同化ユダヤ人として生きてきたことへの罪悪感がにじみでている。短編小説『判決』では,主人公の青年ゲオルク・ベンデマンは,ペテルブルクに移住した友に手紙を書きつづけるが,彼の地で苦労を重ねる友人に挫折感を抱かせないために,自分の幸福や成功について手紙でふれることができない。

「広いロシアで途方に暮れている友を彼は見た。空っぽの,すっかり略奪された店の戸口に彼は友の姿を見た。商品棚の破片や,ぼろぼろになった商品や,ぶら下がったガス灯の間に友はまだ立ち尽くしていた。」
    
ドイツ,イディッシュ文学研究者の上田和夫氏は,『判決』の主人公の青年が友人の生活を創造するこの一節は,カフカが1911年10月8日にプラハで見たイディッシュ演劇『過越しの祭の夜』のポグロム(ユダヤ人襲撃)のシーンや,同劇団の俳優イツハク・レヴィの朗読をつうじてカフカが親しんだユダヤ民族詩人ビアーリクの詩の光景と重なりあうと指摘している。  

カフカがロシアの広大な空間に幻視したのは,起こりえたはずのもう一つの人生を送る自分自身の姿だったといえるだろう。『判決』の二人の青年を隔てるボヘミアとロシアの地理的な距離は,ドイツ語を話すプラハの同化ユダヤ人として特権的に生きるカフカの現在の生活と,ユダヤ人としての苦悩,偏見を甘受しながらも「ユダヤ人らしく」生きるという,可能ではあったが実際には選ばれることのなかった人生とのあいだに横たわる断絶の比喩でもある。

上田和夫『イディッシュ文化 東欧ユダヤ人のこころの遺産』(三省堂,1996年)
イスラエル,アメリカ,旧ソ連邦,東欧,西欧(ドイツ,オーストリア)のイディッシュ文化を,「現代から過去へとさかのぼるやり方」で俯瞰。(本文の『判決』の引用は同書から)