◆テルミン
レフ・テルミンについての映画を見た。1920年に世界初の電子楽器を発明したロシアの科学者についてのドキュメンタリーである。スティーヴン・マーティン監督『テルミン』,1993年,アメリカ映画。

発明者の名前にちなんで名づけられた楽器テルミンは,2本のアンテナのあいだの電磁場にかざした手の動きによって演奏される。電子楽器というと人工的なイメージが先立つが,微妙な音の揺らぎは,鯨の歌や虫の声などむしろ生物の音にも近い。
国家の開発と電化を目標としたソ連では,「電気による楽器」はまさに新時代にふさわしい音楽として一時期関心を集めたが,アメリカ生活の長かったテルミンはやがてスパイ容疑で逮捕され,収容所で不遇の時代を過ごすことになる。
映画は,レフ・テルミンを慕う人々,この楽器に魅せられたミュージシャンたちによる回想によって,テルミンの生涯をたどる。そのなかには,ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンなどの著名人もいれば無名に終わった人もいるが,挫折を経てなおテルミンや音楽にかけた夢を熱く回想するかれらの言葉や表情が,映画全体を郷愁で包みこんでいく。
そのうちの一人であるクララ・ロックモアは,レフ・テルミンの長年の友人で,テルミンの代表的な演奏者だった。ロシア革命を逃れてアメリカにやってきた亡命ロシア人であるロックモアは,映画全編を通じてテルミンについて,威厳をこめた英語で語りつづける。だが映画の最後で,アメリカで久々にレフ・テルミンと再会するやいなや,言語が少し訛りのあるロシア語に突然切り替わる。亡命者としての横顔をあらわにするその姿は無防備で,古い夢に満ちたこの映画のなかでももっとも感動的な場面である。







