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2006年05月04日

◆藤田嗣治展

今年2006年は、藤田嗣治の生誕120年。

長くパリに滞在してエコール・ド・パリの代表的画家として活躍した藤田は、その後帰国して、第二次世界大戦中に戦争画を描き、戦後、芸術家の戦争協力問題の矢面に立たされる。それがもとで日本を離れ、ニューヨークを経てパリに戻り、日本国籍を捨てカトリックに改宗し、1968年にチューリヒで没した。

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東京国立近代美術館でひらかれている〈藤田嗣治展 LEONARD FOUJITA〉は、「乳白色の肌」と賞賛された裸婦像や、中南米旅行後の豊かな色彩に満ちた作品、戦争画、フランスに戻ったのちに手がけた「こども」をテーマにしたユーモアあふれる作品、宗教画などによって藤田の画業をふりかえることができる。作品の出来映えに興奮して、カンバスの裏に若き藤田が「デングリ返へしを打ちて喜びたる」と書きつけた風景画『巴里城門』(1914)、大人の真似をしていろいろな職業にいそしむこどもたちの姿を描いた『小さな職人たち』(1958-59頃)などの珍しい作品や、長いあいだ行方がわからず日本では77年ぶりの展示となる大作『ライオンのいる構図』(1928)もおもしろい。

展示の最後に資料として出品されていた、藤田が改宗後の1966年に手がけたランスのノートルダム・ド・ラ・ぺ礼拝堂のフレスコ画の写真にも興味をひかれた。たとえば20年代にえがかれた日本画的な静謐な宗教画『三王礼拝』や『十字架降下』に比べて、人間味あふれる人々の表情や動き、揺れるような曲線は、ロシアの情念の画家ミハイル・ヴルーベリがキエフで制作した教会壁画すら思いおこさせる。誤解をおそれずにいえば、中南米旅行後の野趣あふれる作品だけでなく、戦争画で発揮されたダイナミズムの捉え方にもつうじるものがあり、藤田がたどってきた創作を集約している。

本展カタログ所収の論文で、蔵屋美香氏(東京国立近代美術館の主任研究員)が、藤田の作品を「切り裂かれた」ものというキーワードで俯瞰していたのが刺激的だった。藤田の初期から晩年までのあらゆる段階の作品を集めた本展では、変貌する藤田の作品の奥底に流れるつながりを感じてみるのもおもしろいのではないだろうか。東京では5月21日まで。