2006年04月30日

◆モスクワからの写真

モスクワの友人が,一昨日たてつづけに添付ファイルでモスクワの写真を何枚も送ってくれた。

モスクワの中心部に立つニコライ・ゴーゴリ像や,アレクサンドル・プーシキンの博物館など,なつかしい光景が飛びだしてきた。

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写真には,手紙も写真の説明も添えられていなかったが,つい先日,「近いうちに,モスクワの写真を送るわね」というメールがきていたので,春になったことだし,写真好きの彼女がカメラを持ってモスクワを散歩する様子が目に浮んだ。

でも最後に届いたファイルに,「ゴーゴリとプーシキンのモスクワの写真を送ります」という短い添え書きがあって,はたと気がついた。何年か前にも授業のためにとロシアの森の写真をくれたように,今回も,授業用に,わざわざ文学にちなんだ場所をめぐって写真を撮ってくれたのでは? 3月にモスクワで彼女に会った時,今年は「文学と都市」をテーマに授業をするという話をして,扱う作家について相談に乗ってもらったばかりだった。送ってくれたほとんどの写真の中のモスクワはまだ肌寒そうで,散歩日和という感じではないし。そういえばたしか,一昨日のモスクワの最低気温はマイナス1度だったはず!

モスクワの東洋美術館の学芸員で,中国,グルジア,ロシアの20世紀美術を研究する彼女は,芸術だけを糧に生きているような人で,異文化を味わったり紹介することが,皮膚のように自分の一部になっている。ロシアで研究者やジャーナリストと話をすると,以前ロシアが支配していたフィンランドのことを,いまだに文化後進国として考えている人や,チェチェンをロシア化するのは啓蒙主義の見地から見て正しいことだと主張する人に出くわすこともあるけれど,彼女のように自然体に多文化を生きている人たちにも,もちろん出会う。たくさんの言語があるなかで,たまたまロシア語を選んでロシアへ行き,たくさんの人がいるなかで偶然そんな人と出会うことには,やっぱり小さな奇跡を感じてしまう。出会いはみんなそうだけれど。


(上の写真) 大都市のなかで居心地悪そうに身を縮めている古い建物の写真が,ハイム・スーチンのゆがんだ風景画のよう。この写真はその友人のもの(許可を得て掲載)。

2006年04月23日

◆ロシアの復活祭

友人がメールで復活祭の写真を送ってくれて,今日がロシア正教の復活祭(パスハ)だったことを思いだした。

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荘厳な復活祭の儀式をロシア留学中も一度も見にいかなかったのは,今思えば残念だが,正教徒ではない私も毎年楽しみにしていたのが,復活祭のお菓子である。「クリーチ」とよばれる復活祭のケーキは,一般のお店でも毎年豊富にでまわるので,毎年1,2つ買っては食べ比べをして楽しんだ。

「パスハ」という名前の乳製品のお菓子を初めてふるまわれたのは,友人に連れられて,ロシア正教をテーマに詩をかいている老婦人の家にお客に行った時だった。詩人が住んでいたのは,ソ連時代のコミュナルカ(共同アパート)の1室。2~5部屋から成るアパートのそれぞれの部屋に別世帯が済み,台所やトイレを共有するという「コミュナルカ」は,モスクワでもまだ各地域に残っている。ソ連時代の劣悪な住環境の代名詞にもなった「コミュナルカ」だが,彼女は,無数のイコンが壁をうめつくす大きな部屋に1人で住んでいて,そこだけは精神的な別世界のようだった。

復活祭にはロシアでも,殻に着色したゆで卵をプレゼントしあう習慣がある。留学最初の復活祭の翌日に,毎日通って仲良くなった学食のレジのおばさんが,「復活祭おめでとう,これは玉ネギで染めたのよ」と言って,きれいな赤茶色に染まった卵をプレゼントしてくれたことがあった。ロシアではよく,復活祭の卵を,玉ネギの皮を煮たお湯でゆでて染める。復活祭の前の日に,全身おしゃれをしたロシアの女子大生が,寮の共同台所に来て玉ネギの皮を集めていったのも微笑ましかった。

遅い春の訪れを知らせる風物詩でもあるロシアの復活祭には,春になると路上一面で売られるミモザの花束のように,晴れやかなイメージがある。これからがロシアの遅い美しい春。5月の空気が懐かしい。

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(写真は冒頭の友人のもの)

2006年04月15日

◆第6回モスクワ国際フォトビエンナーレ 

5月に開かれる現代美術の祭典〈アート・モスクワ〉と並んで,いまやモスクワのアート・シーンを代表する催しになったモスクワ国際フォトビエンナーレが,3月23日から5月14日まで開催されている。今年で第6回となり,海外の文化機関の協力も得て多彩なプログラムが展開されている。

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Jan Saudek Going downtown 1976

クリスチャン・クレージュ,ウラジーミル・グレヴィ,マチュー・ベルナール・レイモンらの建築写真を集めたシューセフ建築美術館の展示(3月23日-4月16日)や,3人の写真家の個展を組みあわせたモスクワ現代美術館(エルモラーエフスキー館,3月29日-5月10日)が見応えがある。後者では,生と死に肉薄した私生活の写真を撮りつづけるナン・ゴールディンの迫力が群を抜いている。ゴールディンは10代の時,良き相談相手だった姉を自殺で失って以来,「誰かが死んでも,充分に写真を撮っていれば,その人を失うことにはならない」と考えて,共に放蕩生活を送った恋人たち,エイズで死んでいく友人たちの写真をカメラに収めつづけた。

今回のフォトビエンナーレにもっとも貢献した海外のパートナーは,フランス,イギリス,チェコ,アメリカである。フランスが企画し,世界各国,各地域の民族対立や戦争のルポルタージュ写真を集めた〈衝突〉展(ノーヴイ・マネーシュ,3月28日-4月27日)は,ロシアの戦争こそ直接には扱っていないが,チェチェン問題を抱えるロシアに対する批判的視点で構成されている。

映画祭,語学学校,文学会などの活動に積極的にとりくむモスクワのチェコ・センターは,イワン・ピンカヴァとヤン・サウデクの大規模な回顧展を開いた(マネーシュ,3月30日-5月6日)。フォトビエンナーレという祝祭的な場のなかで,奇抜なアイデアで話題をさらおうとするだけの写真家,ギャラリーがある一方で,多数の作品でしっかりと作家を紹介し,観客と作品の対話を生みだしていこうという姿勢が清々しい。

過去のフォトビエンナーレでは日本の写真展も話題を呼んでいたが,今回は残念なことに,日本からの参加がなかった。日頃は閑散としてるギャラリーも,フォトビエンナーレの会場となれば,平日の昼間でも人がおしよせる。市民,芸術家,批評家にも強い影響力を持つフォトビエンナーレは,文化を紹介するにはこのうえない機会であり,モスクワ国際現代美術ビエンナーレ,モスクワ国際現代詩ビエンナーレ,〈アート・モスクワ〉などと並んで,日本の活躍が期待されるところである。

2006年04月12日

◆亜欧堂田善の時代

週末,府中市美術館で〈亜欧堂田善の時代〉を見た。司馬江漢とならんで江戸時代の代表的な洋風画家として知られる亜欧堂田善(あおうどう でんぜん)の油彩画,銅版画約90点のほか,「洋風表現」を追求した江戸時代の画家たちの作品約50点を紹介した展覧会である。

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亜欧堂田善の描く江戸は,奇想の世界である。さまざまな絵画で「見慣れた」はずの江戸の風景が,近未来小説の舞台さながらの不思議なオーラを発していることにまず驚かされる。その奇妙さの理由は,あとから分かってくる。なぜか西欧人並の背丈をした群衆,絵を見る観客にむかって微笑みかける「モナリザ」のような女性,縁日でもないのに面をかぶっているとしか思えない異形の人物…… 幾重にも奇妙な絵画は,作りこまれたフィクションであると同時に,どこか「こちら側」と同じ空気でつながっているようなリアルさがある。
 会期は4月16日まで。

2006年04月04日

◆林檎の花咲くとき

19-20世紀にかけて活躍したロシア前期象徴主義の作家ジナイーダ・ギッピウスの短編集『新しい人々』(1896)を,数日前から寝る前に読んでいる。象徴主義的な世界観で生きている人間たちをはじめて描いた作品として当時反響を呼んだ短編集で,「神秘的で不可解で不明瞭な」世界への偏向として批判も浴びたが,今読めばやはり,20世紀モダニズムの開花を予感させると同時に,19世紀らしい古めかしい香りがする。

短編集の冒頭を飾る『林檎の花咲くとき』は,息子を溺愛するあまり,自分なしでは息子が生きられないように育てあげた母親と,母を慕いつつもその仕打ちを恨む青年の物語である。青年が隣家に住む変わり者の娘に初恋をして,二人で夜明けの庭で春の息吹を感じる場面は,ちょうど日本なら今の季節,桜の花が生臭い空気のなかで花開く季節を思わせる。青年と娘は庭の暗がりで,突然「新しいほのかな香り」が漂ってくるのを感じて,一瞬の後に,それは林檎の最初の花が開いたからだと気づく。ロシア語の原文も明快かつ端麗で,まさに匂いたつような印象的な一節である。

でも,本当は,この数日入手する時間がなかったが,今,猛烈に,何か面白い日本の作家の本が読みたい。ロシア語の本を読む楽しさと,漢字の使われた縦書きの日本文学を読む楽しさは,同じ文学なのに大きく違う。うまくいえないが,どちらがより楽しいというより,楽しさの種類が違う気がする。まだ読んでいない小説で手もとにあるのは洋書だけなのに,夜中に漢字とひらがなで書かれた日本文学が無性に読みたくなり,なにかなかったかなと本棚をあさる時がしばしばある。外国文学を研究している他の日本人は,どんなふうに感じているんだろう。

2006年04月03日

◆ローゼンタールの子供達

ボリショイ劇場が,現代作家に脚本を,現代の音楽家に作曲を依頼した初めての作品として昨年話題を呼んだオペラ「ローゼンタールの子供達」を,先月モスクワで見た。脚本は,長編小説『ロマン』や『空色の脂肪』など話題作を次々に発表してきたウラジーミル・ソローキンである。

ソローキンは,ソ連時代の政治家の言説を批判的に引用した刺激的な作品を執筆してきたこともあり,現代ロシアの急進的な政治団体によって今までに何度も焚書事件や裁判に巻きこまれてきた。ロシアの攻撃的な若者達の政治団体「ナーシ(われらの人々)」がボリショイ劇場前広場で反対集会を行ったのは,日頃のかれらの極端な行動を見ていれば驚くにはあたらないが,「ローゼンタール」初演直前には,上演を阻止しようとする保守派議員の提案を受けて国会でまで上演の可否が論じられるなど,様々なスキャンダルをひきおこしてきた。

結論からいえば,1910年にベルリンで生まれ,その後生物学の教授としてクローンの実験を進めていたローゼンタールというマッド・サイエンティストが,ナチスの迫害を受けて30年代末にソ連に亡命し,40年に初めてクローン人間を作りだすというストーリーや,第一幕で「引用」されるスターリン,フルシチョフ,ブレジネフ,アンドロポフ,ゴルバチョフ,エリツィンのいかにもそれらしい言葉が笑いを誘う。

しかし,クローンとして復活したヴェルディ,モーツァルト,ワーグナー,チャイコフスキー,ムソルグスキーが1993年のロシアの鉄道駅で辻音楽家として小銭を稼ぎ,娼婦と愛のアリアを歌う第二幕は,ことさらにメロディアスで浪漫的だった。ソローキンの小説世界を知らずにたまたま劇場を訪れ,第一幕で度肝を抜かれた観客は,終演後のホールで「でも,第二幕は美しくて良かったですね」と気をとりなおしていたが,結局は,ボリショイという保守的な場でオペラを上演するための妥協的作品となってしまったように思える。歴代の政治家の場面も,エリツィンどまりでプーチンの独特の演説の「引用」がなかったのも物足りない(ボリショイで作品を上演するためにはしかたないとはいえ)。

もちろん,ソローキンは小説でも, 18世紀ロシア文学風の繊細優美な風景描写をわざととりいれることもあり,まったく違ったタイプのテキストを並置することで,すべてを滑稽,相対的ものに化してしまう手法を使ってきた。第二幕の甘美なアリアも,そうした創作上の手法に基づいていることはまちがいない。だがやはり,小説とオペラでは効果が大きく異なり,ソローキンの本領発揮とまではいかなかったのが残念である。

とはいってもこのオペラは,祖先の復活を夢見た哲学者ニコライ・フョードロフなどをはじめとするソ連,ロシアにおける不死の思想や,政治と科学者の関係,ソ連における芸術家の立場など,様々なユニークな問題をとりあげている。現代ロシアにおける文化をめぐる状況,表現の自由を考える上でも,観客の反応とあわせてオペラを見に行くのも面白いだろう。