◆サムソン・ブロイトマン教授
サムソン・ナウーモヴィチ・ブロイトマン先生が今日亡くなったと,モスクワの友人達が知らせてくれた。
ブロイトマン先生はロシア詩研究の大家で,ダゲスタン大学,ロシア人文大学で多くの弟子達を育てた。3年前,私のPh.D論文の副査も引き受けて下さったのもブロイトマン先生である。ふだんは物腰の柔らかい先生が,熱い口調で論文をかばって下さった姿はいつも私の支えだった。先生は,長い間病気と闘われて入退院を繰り返していたのに,一度大学へ来ると苦しい表情一つ見せず,授業と指導にあたられていた。
2002年の夏,論文を届けにモスクワの御自宅へ伺った時,壁にかかっているダゲスタンの絵画の話になった。みずみずしい色彩だが強い寂寥感が漂う風景画で,道なき道を描いたその絵の下で先生は静かに微笑んでいた。研究者,学者をとりまく厳しい状況の中で,先生は機会があれば若いロシアの研究者に仕事を与え,目立たぬ形で援助の手をさしのべられていたのである。10月のベールイ学会でお会いしたのが最後になった。来年の3月にモスクワで大学に伺ってゆっくりお話しするはずだったが,それも叶わくなってしまった。
アレクサンドル・チュダコフ,ミハイル・ガスパーロフ,ウラジーミル・トポロフ,この数ヶ月のうちにロシア文学研究の大家が相次いで世を去った。研究会の度に,手のひらに入るような手帖に小さな文字でひたすら何かを書き続けていたガスパーロフ氏の姿は,忘れることができない。
人文大で何度かお会いしたエレアザル・メレチンスキーも今日亡くなった。強い喪失感を感じる数ヶ月だった。ドイツの児童文学者ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』に,世界に徐々にはびこり広がっていく〈虚無〉のイメージが出てくる。喪失感を感じてばかりはいられないが,そんな〈虚無〉の影を感じる。
夏にモスクワでお会いした時,ブロイトマン先生が,もし私があなたの立場だったら次はこれをやるでしょうと助言して下さった仕事がある。先送りになりかかっていた仕事だが,それを始めなくてはいけないと思う。
