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2005年09月07日

◆言葉では言い表せない

ロシア南部のベスランでのテロから1年が過ぎた。今夏のモスクワの地下鉄の壁には,黒い地に白地で「言葉では言い表せない」と書かれたポスターが一面に貼られていた。昨年9月3日に,テロリストに占拠されたベスランの小学校で亡くなった331人の犠牲者を追悼する集会の予告だった。どんな団体がどんな趣旨で行うのか,ポスターには全く記されていなかったので,気に掛かっていた。集会は9月3日の午後4時,赤の広場で行われるとのことだったが,ちょうど私の出国の日だった。だがその日の朝,都心で,若い青年二人が集会予告のパンフレットとシールを配っていたのを受け取った。

パンフレットには,1995年以降にロシアで起こったテロ(とテロとみなされている事件)の痛ましい写真と死者数,そして,末尾に文章が載っていた。「私達は一つの国。一つの民族。だが私達は殺される。人でなし共が,私達が自分の家で眠る時,地下鉄に乗っている時,休息している時,子供達を学校に連れて行く時に,彼らに対する恐怖のうちに生きることを望んでいる。しかしそうはならない。あの悲劇は言葉では言い表せない。もう二度と大地を歩くことのない人々を悼む全ての苦しみと悲しみは言葉では言い表せない。あれを行った者達は永遠に呪われる。私達にできるのは記憶して生きることだけ。そして,彼らのために,あのようなことが二度と起こらないよう全てのことをするだけ」。このパンフレットの内容と,それを配っていたのが10代の青年達だったのを見て,悪い予感がしていた。

やはり,この集会を催したのは,プーチン大統領への忠誠を誓う官製青少年組織「ナーシ(我らの人々)」だった。20歳以下の青少年が主体で,「ファシズムからの祖国防衛」という時代錯誤的なスローガンを掲げ,今年5月15日,モスクワで,全国30の支部から来た6万人のメンバーでデモと集会を行い,存在感を増している。総帥ワシリー・ヤケメンコらは,クレムリンでプーチン大統領とも接見し,大統領自身の後見を得て,ほぼ全ての左右野党勢力を敵視している。反体制派に対抗する手段として使われるだろうという見方がされている。

その後の報道によると,「ナーシ」が企画した追悼集会には,3万人前後(参加者はもっと少なかったという説もある)が集まり,331回の鐘が鳴る間,人々は蝋燭を手に持って黙祷した。集まった多くの人は,ベスランの犠牲者を追悼したいという気持から来たのであって,「ナーシ」の理念に賛同したわけではないと思う(その場に来るまで「ナーシ」が企画した団体だと知らない人も多かった)。

だが,あの事件を首都で追悼する唯一の大きな場が,ああした色彩で彩られたのは残念で仕方ならない(前日の金曜には,チェチェン独立の必要性を訴える人権擁護団体がベスランの追悼集会を行ったが,宣伝力もなく,参加者は150人にすぎなかった)。当然ながらテロは許すことができない。しかしなぜテロが起こったのかを考えることなしに,悲劇の反復を防ぐことはできない。あの事件で亡くなった犠牲者のうち186人は子供だった。だが,チェチェンで亡くなった子供の数は分かっていない。

プーシキン広場でパンフレットを配っていた「ナーシ」の下っ端の中学生達は,まだあどけなく純真で,自分達が正しいことをしており,大きなもののために献身的に働いていると確信していた。でも,与えられた言葉を聞くだけでなく,もっと現実を見て自分の頭で考えて欲しい。