2005年03月30日

◆Moscow-Tokyo

23日は卒業式。卒業を迎えた学年とはもう2年半のつきあいだったので感慨深かった。ゼミ生一同に花とプレゼントをもらい,感激すると同時に,もっといろんな指導ができたのではと反省もしてしまう。

翌日から30日までモスクワ出張。今年のモスクワの3月は例年にない寒さで,インフルエンザも大流行していたが,色々な人のおかげで,どうにか病気もせず無事滞在を終えることができた(道がつるつるに凍っていたので,1度だけまるで滑り込みセーフのように豪快に転んだが,あまり怪我もしなかったし…)。久しぶりに懐かしい町,懐かしい人たちに会うと,日本にいる間は静かに眠っていた心の中のモスクワにあかりが灯って,一瞬のうちによみがえるような気がする。

正味5日間弱の強行軍だったが,共同研究者には4回も時間を割いていただいたり,展覧会を7つも見たり,友人たちに再会したりで有意義だった。トレチャコフ美術館別館で開催中のシャガール展は,世界中の美術館やコレクターから作品を借りてきた大展覧会。ふだん空いている別館が混雑しているのを見て,ロシアでのシャガール人気を知ったのも興味深かった。クローキン・ギャラリーのレオニート・チシコフ展や,モスクワ・フォト・ビエンナーレの各種展示も見応えがあった。フォト・ビエンナーレに参加した外国のアーティストのなかでは,やなぎみわの《Elevator Girls' House》に強いインパクトがあった。渋谷の若者たちの群像を撮影したマリヤ・チェルニコワのビデオは,粗雑な編集で,なぜこれが出展できたのか分からない。ロボットめいたコスチュームに身を包んだ家族の日常を描いたErwin Olafの《Separation》(ビデオ+写真,2002-2003)は感動的だった。モスクワ現代美術館では,ソ連のピオネールをテーマにした写真に彩色した作品が群を抜いていた。同館の常設展で,いつのまにかニコ・ピロスマニシヴィリやダヴィート・シュテレンベルクの作品が増えているのも嬉しい。

トレチャコフ美術館新館と国立現代美術センターでは,《モスクワ-ワルシャワ》展を開催中。(国立現代美術センターでは昨秋,新館がオープンしたが,旧館の地下室めいたホールの方が瞑想的な空間でユニークだと思う。)過去に開催された《モスクワ-パリ》展や《モスクワ-ベルリン》展が,フランス美術に影響を受けたロシアの画家たちや,ベルリンで暮らしたロシアの画家たちの作品などを集めて,文化交流に焦点をあてていたのに対して,《モスクワ-ワルシャワ》は,同時代のロシアとポーランドの美術の比較や,同テーマの作品の比較などが中心で,展覧会全体の構成がやや弱い感は否めなかった。だが,ロシアの画家ペトロフ=ヴォトキンと,彼に酷似した作風を持つポーランドの画家の対比や,マレーヴィチに捧げられた両国の作品,肖像画の対比など,面白いコーナーもあった。私の周囲にも,次はぜひ《モスクワ-東京》展を実現させたいと思っているロシア人美術研究者は多い。ロシアと日本には様々な美術交流の歴史もあり,きっと《モスクワ-ベルリン》に劣らぬユニークな展覧会が開催できると思う。今回の滞在中に,国立美術センター《ロシゾ》所長で,2月に行われた第一回国際モスクワ現代美術ビエンナーレのオーガナイザーでもあるヨシフ・バクシュテインにインタビューしたところ,彼ももともと《モスクワ-東京》展の実現に強い興味があるということで,その話で盛りあがった。

町について。好景気のモスクワはどんどん町の貌を変えていき,物価は昨夏に比べても一段と高くなっている。そんな状況でも,多くの人の給与や年金はほとんど上がっていない。路地に面したマクドナルドのテイクアウト専用の窓口で,簡単な夕飯を買おうとすると,その日窓口を一人で担当していた優しそうな女性が,ホームレスにハンバーガーを無料で分け与えていた。物も言わずに立ったままハンバーガーをむさぼるホームレスの男性の横では,中年の女性が周囲の人にしきりにハンバーガーとチーズバーガーの違いや,チーズバーガーにも肉が入っているかどうかについて尋ねつづけていた。モスクワにマクドナルド第一号店ができて話題になってから早10年余り。彼女はその日初めてマクドナルドにやってきたのか興奮していて,貴重なお金で何を注文すればいいのか決められないようだった。大規模なショッピングモールやビジネスセンターが次々に建設されているが,都市のインフラは一向に整わず,モスクワ南部に住む友人の家の電話回線の状態は日増しに悪くなり,一日の半分以上は電話がつながらない。

でも久しぶりに話した60代,70代の友人たちは,そんな経済状態やインフルエンザにもめげず,体をだましだまし,明るく働きつづけていた。1人は,家政婦をしている先で赤ちゃんが生まれて楽しいと語り,もう1人は今年はトヴェーリやクラスノヤルスクに出張に行くので楽しみだと語っていた。彼らにはとても力づけられる。

2005年03月19日

◆都市と芸術の「ロシア」

今日は後期入試の判定会議。出がけに水声社から共著『都市と芸術の「ロシア」』の見本が届く。戸田ツトムさんの素敵な装幀にうっとりしながら大学へ。夜まで仕事だったので,まだ実は近藤昌夫氏の序文「「ロシア」が失われ,都市が「ロシア」をうたいだした」と,ちょうどロシアの無声映画について緊急に調べたいことがあったので,大平陽一氏の「都市消費文化と帝政ロシアの無声映画」の2編しか読んでいないけれど,これだけでも本当に勉強になり,目からうろこが落ちるような思いがした。文学,演劇,音楽を扱った他の論文もとても楽しみ。都市と文化の魅力を伝える本書は3月24日頃に書店に並ぶ予定。まずはとりいそぎお知らせまで。

2005年03月18日

◆光の水

20年前に病院で「これは風邪ではなくて花粉症ですね」と言われた頃は,その名前の奇抜さ(?)になじめなかったものだが,今ではすっかり国民病になってしまった。長年花粉症を抱えているので,毎年3月はぐったりして,花粉が多く飛ぶ日は不要な外出を控えるので体もなまってしまう。そこで最近,週末の会議の代休の日に,プールなら花粉も洗い流されるかもという期待を抱いて,久々にプールに行ってみた。平日の昼下がり,ガラス張りのドームから入ってくる午後の光がプールの底に柔らく反射していくつもの弧を作る。水の中は静かだが無音ではなく,日常とは違う音で満ちている。クロールで700メートル泳ぎ,運動不足がたたって息があがってしまったが,今年中に,途中で休みながらでも1キロ以上は泳げるようになりたいもの(望みが低いかも)。

2005年03月17日

◆奥さんは狐

中国の怪異譚を集めた古典,蒲松齢(1640‐1715)の『聊斎志異』(立間祥介訳,岩波文庫,上・下)を,最近ようやく手に取った。昨年の授業で翻訳文学の話(ロシアでは中国の古典が世界に先駆けて翻訳されたという話)になった時,中国からの留学生達も皆「大好き!」と口を揃えた作品だが,日本には現代の若者が面白がって読む古典というのはあるだろうか。『聊斎志異』では,人間の世界に,異界の住人である狐,幽鬼,仙女たちがごく自然な形で紛れこみ,気がつけば妻が狐だったり,死後も自分が生きていたりと,不思議なはずの出来事がありふれたこととして語られる。この世とあの世が渾然一体となった夢見心地な時空間が魅力だが,人間や幽鬼の情愛や心の機微が率直かつ切々と綴られているのも心の琴線に触れる。肩の凝らない思わず笑ってしまうような短篇あり,弾けた想像力に「物語」というものの面白さを再認識する作品あり,情に満ちた男女の会話がほろっとさせる作品ありで,読後感がいい。翻訳も読みやすく味わい深い。岩波文庫版は全491編から92編を精選した抄訳なので,次は完訳本を読んでみたい。

2005年03月14日

◆最近思うこと

最近ロシアの20代の人々に,彼らの職業観を聞く機会が多い。履歴書送付,売り込み,給与交渉,海外出張,職場でいかに自分の存在をアピールし,権限を広げていくか……,経済格差がますます広がる国で,荒波で船を操るように世を渡るロシアの若者の働き方を逞しいとは思う。でも,大学卒業後すぐビジネスの世界に進んだ若者たちが,「もしロシアで大学教員の給与がこんなに低くなかったら,私も教員になっていた」と安易に口にし,研究や教育の訓練を受けたことがなく,真剣にその問題を考えたこともないのに,根拠のない自信を語ることに,いつも違和感を覚える。大学院で学ぶロシアの知人の多くは,研究が好きで将来の見通しが立たない世界に飛び込み,薄暗い図書館に通い,アルバイトで食費を稼ぎ,日々地味に生活している。努力だけでなく,いつまで続くか分からないこういう生活を続ける精神的な強さと,そうした生活にも喜びを見いだす気持ちがないと研究者を目指すのは難しい。状況が許さず転職を余儀なくされることもある。研究を志す人をとりまく環境は厳しくなるばかりだが,そのことへの一般の理解は低い。華麗に世界を移動して才覚を試すことより,図書館にとどまって静かに研究することの方が勇気がいらないわけではない。もちろん大変なのは他の世界も同じだと分かってはいるけれど。

2005年03月12日

◆クリミアの香り

今日は後期入試。夜,1970年代のソ連アニメの名作《プロストクワシノの3人》を久しぶりに見た。主人公の男の子の母親が「私は1年頑張って働いたんだから,夏は南の海で休みたいのよ!」と夫に主張する場面に感じ入ってしまった。「夏になったらクリミアなどの海岸に滞在して休息する」というのは,今もかわらずロシアの人々の願望で,しょっちゅう耳にする「憧れの夏休み」のイメージだからである。この夢を形にしたテレビコマーシャルも多い。ソ連崩壊後はビザや経費の問題が大きいのでクリミアから遠ざかった人が増えて,普段は温厚な人でもこの話題になると「クリミアがもうロシアではなくウクライナになってしまったなんて!」という展開になることも(特に50代以上の世代で)珍しくないので,その度に考えこんでしまう。クリミアは,チェーホフが静養するなどロシア文学に縁の深い土地でもあり,ヤルタでは毎春,国際チェーホフ学会が開催されている。私が興味を持っているアーティスト,イリヤ・カバコフは,チェーホフの作品が好きでよく引用しているので,いつか「カバコフとチェーホフ」について考えてみたいと思っている。

2005年03月11日

◆つながり

最近モスクワのバーやカフェでどのように児童文化が紹介されているかについて,夕方までに小文を書き終えたあと,近くの留学生夫婦のお宅で韓国や台湾の話を聞いて楽しい晩を過ごした。今の職場には台湾や中国,韓国からの留学生が多く,アジアの生活や文化が身近になった。それにしても,勉強にバイトに忙しい私費留学生たちには頭が下がる。自分のロシア留学も違った意味で大変だったが,物価の高い日本で学び,働き,就職活動をする留学生たちのおかれている環境は,一般に思われている以上にずっと厳しい。先月末から今月にかけて朝日新聞「アジアネットワーク」に掲載された留学生をめぐる連続記事には好感をもった。日本の国際交流のためにも,苦労してわざわざ日本にやってきて日本語や日本文化を学んでくれる留学生を支援する制度の整備は欠かせない。留学生活は様々な可能性にも満ちているが,大半は帰国後の不安や慣れない気候,差別問題など苦労の連続だ。モスクワ留学中になにくれとなく声をかけ電話してくれたロシアの人々の温かさは忘れられない。

2005年03月09日

◆礼賛の対象

スタニスラフ・ゴヴォルーヒン監督の映画『女性礼賛』(Благославите женщину,2003年,ロシア)を見た。1935年から50年代末の激動の時代のソ連を一人の女性の生涯を通じて描いた映画で,作品としては傑出したものではないが,対独戦争勝利60周年を記念して作られた一連の映画のひとつとして考察に価する。ロシアでは2003年8月末に公開されて「ソ連を生き抜いた女性の労苦に満ちた生涯を描きだした作品」として話題を呼んだ。この作品では二人の男性との愛に生きるヒロインの他にも,海辺の小村で一人で子供たちを育てあげるヒロインの母親,医師として自立し豪放磊落に生きるシングルマザー,大女優だが気さくで友人思いの女性など,さまざまなタイプの女性たちが登場する。

映画が公開された頃モスクワで,この映画のヒロインと同じように1920年頃に生まれた友人とこの映画を見に行こうと話していたが,実現しなかった。彼女ならこの映画を見て何と言っただろう。『女性礼賛』をどんな人が見て,どんなことを考えたのか。この映画がどんな効果をもたらすと予想して,ロシア文化省は撮影に資金を援助したのか。そういったことを調べてみたい。面白いのは,『女性礼賛』の中で,戦中戦後のソ連でコメディ映画がいかに民衆に愛されていたかというエピソードがはさみこまれていることだ。ソ連のコメディ映画の系譜を示し,色々と制約のある重いテーマを扱いながらもその系譜に連なりたいという監督の意気込みにも思えてくる。

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