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2004年08月13日

◆ウラジーミル・ヤーコヴレフ

3月の20日足らずのモスクワ滞在で出会った“花”。日常に肉薄した詩を魔術的に朗読する熱狂詩人アンドレイ・ロジオーノフ。作品も人生も太宰治の初期短編の空気をまとった詩人コンスタンチン・ルバーヒン。スラヴ世界と他の地域の交流促進と,全世界の失業者救済のための不思議な会社を作ることを夢見るアメリカ人青年。出張でモスクワに舞い降りた彼は,ドストエフスキーの『白痴』でムィシキン侯爵がひきおこしたような精神的衝撃を出会った人々に与えた。そして画家ウラジーミル・ヤーコヴレフの花たち。3月15日に開催された生誕70年記念の個展は寂しい熱気に包まれていた。

国立現代美術センターで,ヤーコヴレフの作品に再会。ヤーコヴレフは,1934年ゴーリコフスカヤ県バラフナ生まれ。独学で絵を学び,70年代はじめにモンドリアンやカンディンスキーの影響を受けた抽象絵画を制作。70年代後半以降,画面いっぱいに一輪の花の姿を描くスタイルを確立,「ヤーコヴレフの花」と呼ばれるようになる。彼の描く肖像画を,詩人ゲンナジー・アイギは「苦悩の痕」と書いているが,ヤーコヴレフの描く花もまた,世界は困難に満ち「人生は,野を横切るほどたやすくはないこと」を語りながら,雨露を浴びてみずみずしく揺れている。

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会場では,精神病院で撮影されたインタビュー映画『ウラジーミル・ヤーコヴレフ』(セルゲイ・ボリソフ監督,1986年)が上映された。長年の苛酷な入院生活に疲れはてた画家は,たえず謝り,泣き,煙草を吸い,「なぜ花を描くのですか?」という問いに,「花はみんなのそばにあるから」と答えた。荒野の一軒家,廃屋のような精神病院のまわりにあるのは,野の花だけだった。

ペレストロイカ後の80年代末から90年代にかけて,彼の生活状況を改善するために彼を後見しようとプレスで訴える人々が現われ,プロジェクトの一部は実現したが,その後まもなく98年10月10日に逝去。苦悩の連続のため晩年は視力を失った。いまや彼の作品はコレクターたちの垂涎の的。同時代芸術と作家たちにいかに関わるかという責任を再考させる展覧会だった。